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狂人、淫獣を作る
第1章 獲物
 後藤がそこまで話した時、源が熱燗をすすりつつ言った。
 「声をかけるだけでそこまで衝撃を与える言葉とは何だったんです?」
 「相手の名前を言ったまでだ」後藤も熱燗で一息ついて答える。
 「なるほど。なぜトイレに?」
 「隠れて相手の仮面を外すためさ。倶楽部内ではどんな事情があろうとも参加客の素性を探ることは禁止。ましてや仮面を外すのはご法度だったからな」
 「それはすなわち……」源は将棋の駒を盤に打って軽快な音を立てた。「連れ立ったお相手は後藤氏が恨んでいた方、または長らく捜していた方だった……と考えるのが自然ですね。でなければ、ルール違反を犯してまで素顔を確認する理由がありません」
 後藤は一瞬不愉快そうな、あるいは思案しているような、そんな表情を見せた。
 しかし後藤は、すぐに笑みを取り戻して言った。
 「……いや、まだあるさ。なつかしいかつての大親友だったんだよ。さすがの俺も声をかける瞬間は緊張したさ! 赤の他人だったなら除名モノだからな」
 源の駒をつまみ上げる手が止まり、少し沈黙した。
 「……そのケースがありましたか」笑い声まじりでそう言いながら、源は再び駒を打って軽快な音を立てた。
 後藤が話を続ける。
 「トイレで素顔をさらしてお互い誰かが分かった瞬間、あまりのなつかしさと喜びで思わず抱き合ってしまったよ、野郎同士でね、ははは……。その親友は高校の同級生で、三年間偶然クラスも一緒、何をするにも一緒で心底腹を割って語り合えるやつだった――」
 しかし後藤は、その時脳裏によみがえってきた映像を追い始めると、そのまま黙ってしまった。

    ※  ※  ※

 「お、お、おい……仮面を外すのはルール違反だって、き、き、聞いたぞ?」
 狭いトイレの中で後藤にピエロの仮面を外され、素顔をさらされた男――野田は、高校当時と変わらないどもり癖のまま必死に言った。小太りな体型も変わらない。仮面を外していない後藤は野田の口を手で覆うように抑え、その大柄な体で上から威圧するように低く小さな声で言った。
 「大きな声を出すなこのバカ……見つかったらタダじゃ済まさねえぞ? 分かったら一回首を縦に振れ」
 野田は大きく二回首を縦に振った。
 「一回だと言ったろ!」後藤は手を離し、野田の頭を軽くはたいた。
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