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狂人、淫獣を作る
第1章 獲物
 源は後藤の猪口に熱燗を注いだ。
 「私が二人以上飼うのは解せない、などと言ったばかりに話しにくくなりましたかね?」
 「……いや、あんたの希望なら話してもいい。もう五年近くも前のことだしな」
 「百年前でも構いませんよ。今じゃ後藤氏の話を聞くのが唯一の楽しみですからね」
 そう言って源はゆがんだ口をわずかに動かしてほほ笑んだ。
 「いいだろう。まずは一人目の奴隷の話からしようか」
 後藤はその強面にかすかに笑みを浮かべると、源に聞かせる語りに置き換えるために、ビデオのように当時の映像を頭の中で再生していった。

    ※  ※  ※

 五年前――。

 そこは窓の一切ない十二畳ほどの地下室だった。
 照明は点いているものの、一部電球が切れたままでやや薄暗い。
 四つあるうちの一つの壁には一面に鞭や縄、バイブレーターや手枷足枷、首輪に蝋燭など、ありとあらゆる調教道具がぶら下げられている。
 ここは後藤の所有する都内の不動産の一つで、この秘密の地下室はこれまで彼が何人かの女に苦痛と悦びの悲鳴を上げさせてきた『調教部屋』であった。
 その部屋の中央に、うつむき加減で立っている若い女がいる。
 派手な顔立ちではない。目は決して細くないのだが、落ち着きを帯びた感じがやや細めの印象を与える。鼻筋もあごのラインも美しく大人びているが、頬のややふわっとした感じが未熟さを感じさせ、唇は薄めでありながら魅力的な色気を放っている。
 艶やかで美しい黒髪は、乳房の上あたりまで伸びていて、ひざ丈くらいの長さのワンピースにピンクのカーディガンを着ている。ワンピースは白基調に花柄だ。花柄はくっきりした色使いながらびっしり敷き詰めるのではなく適度に余白を空けて全体に散らされ、一歩引いた主張しない洗練されたデザインに仕上げられていた。
 ただ、後藤には何の花なのかは分からない。
 花に興味がないので区別もつかないし、つける気もない。
 しかし今目の前にいる女は――
 控えめ、だとは思う。
 清楚、だとも思う。
 貞淑にも、見える。
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