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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第18章
グリーグが作曲した27曲の内、美意識が高く芸術にも造詣が深そうな瞳子の関心を引いた曲とは何なのか?
少し興味をそそられたヴィヴィに、義姉は完璧な微笑を浮かべながら告げた。
「ペールの婚約者『ソルヴェイグの子守歌』――よ」
「………………」
それまで “優しい義姉” の仮面を被っていた瞳子が、一瞬だけ見せた隙。
曲名を述べた際の義妹の反応を読み取ろうと、ひたと見つめてくる双眸に、ヴィヴィは静かにひとつ瞬きをしたのち視線を落とした。
何故か受け取ってしまった薔薇――その茎に落されることなく残ったままの棘(とげ)を認め、針のむしろ とはこういう事をいうのだろうな、と妙に冷静に思ってしまった。
劇音楽『ペール・ギュント』の中でも最も有名で、劇の最後を締めくくる曲――
出て行ったきり40年も放蕩し帰って来ぬ主人公・ペールを待ち続ける、婚約者『ソルベイグの子守歌』。
自身初の五輪で金を獲って図に乗り、匠海を穢し、何もかも捨て鉢になっていた愚かな自分は、こんなに深く人を愛し、信じて待ち続けられるソルベイグが心底羨ましかった。
冬が過ぎると 春は急ぎ足で去り
夏が行けば 年の終わりを迎えるだけ
“貴方は、きっと私の元に帰ってくる”
私には分かっているの
だって、私達は約束したのだから――
神様はいつも 貴方を見ている
貴方の祈りに 応えてくれるはず
だから 私はここで貴方の帰りを待つの
でも今 もし貴方が天国にいるのなら
すぐにでも私を呼んでほしい
40年後、自分の元に帰って来たペールに、
「貴方がいたのは、私の信仰、私の希望、私の愛の中よ――」
そう諭し、膝の中で息絶えた愛する人の為に、彼女は子守唄を唄い続ける。
「匠海さんが外で何をしようと、誰を見ようと、私は構わないわ」
床に落としていた視線を持ち上げると、先程見せた隙を綺麗に覆い隠した、まるで世間話でも愉しんでいるかのような義姉がいた。
「……え……?」
(どういう、こと……?)
「夫婦であろうが、元は赤の他人ですもの。相手の行動や思考を縛り付けられるなんて、思い上がったりはしないわ」
「………………?」