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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第3章
開いたままの唇から零れたのは、
不正な脈を刻み始めた心臓のせいで、薄くなった呼気と、
「お兄、ちゃん……?」
語尾の震えた、兄を呼ぶ声。
「なんだい?」
「なに……、言ってるの……?」
お願い。
「ん?」
「お兄ちゃんには、家族がいるでしょう?」
お願い、やめて。
「だから?」
「「だから?」って……っ だ、駄目だよ……、こんなことしてちゃ……」
どうして?
「お前が気にすることじゃない」
「気にするよっ だって、こんなのって――」
「不倫――?」
匠海が躊躇いも無く発した単語に、
横隔膜が痙攣し、細い咽喉の奥がぐっと締まった。
「―――っ」
どうして?
どうして、そんな、
自ら罪に、手を染めるようなことばかりをするの――?
両脇に垂れ下がった拳が、その先の指を白くする程、力任せに握り締められる。
苦しかった。
どこもかしこも苦しくて。
その中でも一際、咽喉が苦しくて。
自分の頬を包んでいた兄の手が、何故か唇と顎を指で押し開いてくる。
気道に吸い込まれる新鮮な空気。
その時になってやっと、
自分が無意識に呼吸を止めていた事を知った。
オフホワイトのタオルを巻き付けた胸が、酸素を求めて上下する。
その振れが収まった頃、匠海は言葉を続けてきた。
「俺が不倫しても、俺に責任があるだけだ。お前には何の罪にも問わせやしないよ」
匠海の発する言葉は、まるで刃だった。
口にする兄自身も、
庇われた筈の妹さえも、
表層を幾重にも傷付け、
奥深くまで突き刺し。
けれど、
息の根を止めるまでの致命傷までは、与えては来ない、
本当の残酷さを知る、無情な刃――。
「ヴィクトリアの中の、迷いを消そうか」
兄の毒に当てられ萎縮した華奢な肢体は、その張本人に抱きかかえられ、
元いたベッドルームへと連れ戻された。
暖かかった筈のオフホワイトの羽毛布団。
そのさらりとした肌触りの上に降ろされた途端、
ヴィヴィの全身に駆け巡ったのは、
まるで凍てついた真綿にくるまれたかの様な、痛覚に近い冷感。