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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第4章     

「ふ……。邪魔したな。おやすみ、ヴィヴィ」

 妹のつれない横顔だけで満足したのか。

 そう辞去の挨拶を寄越し、立ち去ろうとする匠海の足音に、

「あ……忘れてた……」

 ヴィヴィは ぽつりと呟き、引き止める。

「ん?」

 ヴィヴィがゆっくりと振り返れば、匠海もこちらを振り向いていて。

 ばちりとかち合った、互いの視線。

 そうして妹は、改まって口を開く。

「……もう一個、美味しかったものがあった……」

「へえ。何だい?」

 興味深そうに首だけでは無く、身体ごと振り返った匠海に、

 ヴィヴィは帰国して初となる、満面の笑みを兄へと向け、続けた。

「このわた(ナマコのはらわたの塩辛)❤」

 にっこりする妹の目の前、兄の顔はざっと音を立てて青ざめ。

 やがて、

「……うぇ……っ」

 また餌付きながら、匠海は片手を上げてヴィヴィのリビングを出て行った。

 その兄らしくない、情けない背中を見送りながら、

(今度、ネットで “黒ナマコ石鹸” を、お取り寄せしてあげよう……)

 ヴィヴィは珍しく匠海をやり込めた事に、妙な達成感を覚えていた。






 五十嵐を下がらせ、ゆっくりと湯を使い始めたヴィヴィ。

 けれど時間が経つにつれ、その小さな顔に宿っていた爽快な表情が、徐々になりを潜めて行く。

 それどころか、薄い胸を苛み始めたイライラを持て余していた。

 兄が何を考えているのか、さっぱり解らなかった。

「デートをしたい」

「顔を見たい」

 そんな気を持たせる事を言いながら、

 指一本触れて来ない上に、愛も囁いては来ない。



『俺はヴィクトリアを手離した覚えはないよ』

『愛している、ヴィクトリア……。

 俺の事が何一つ信用出来なくても、

 頼むから、その気持ちだけは、心に留めておいて――』

『ヴィクトリア……。お前がいないこの世になんて、俺は何の未練も執着も無いんだよ?』



 脳裏に過ぎるのは、ほんの3日前まで、兄から囁かれていた言葉達。

 躰に覚えているのは、余すところ無く、兄に愛された記憶。

「………………」

 湯気で湿った前髪の陰、眉間がきゅっと寄る。

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