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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第5章
薄い唇から零れる、微かな嘆息。
そして、何らかの決意を持って、細長い両掌は ぱたりと本を閉じた。
まだ半分残っていた、ガス入りのミネラルウォーターで咽喉を潤し。
細長いグラスを放置したまま、薄水色のナイトウェアに包まれた身体は、その場からゆっくりと立ち上がった。
「In truitina mentis dubia
揺れ動く心の秤(はかり)の上で
fluctuant contraria
あちらこちら 揺れ動くのは
lascivus amor et pudicitia.
“浮気心” と “貞操” 」
一歩一歩 踏みしめながら口ずさむのは、
『カルミナ・ブラーナ』の、25ある組曲の内の1つ。
“In truitina mentis dubia――揺れ動く心の秤(はかり)の上で”
ソプラノ音域のそれは、耳を澄ませば微かに聞こえるくらいの声量しか無く。
誰に聴かせるでも無い短い歌が、続けて薄紅色の合わせから零れ落ちる。
「Sed eligo quod video,
しかし自分は 目の前に横たわる方を選び
collum iugo prebeo:
己の首を “くびき” に差し出す
ad iugum tamen suave transeo.
そう。
甘美な “くびき” に 身を任せるのだ――」
辿り着いたリビングの隅。
ノックもせずに開かれた、大きな扉は、
兄妹の間に横たわる物理的な距離だけは、いとも容易く、踏み越えさせてくれる。
開らけた視界の先、
ちょうどバスルームから出て来たらしい匠海と、目が合った。
「ああ……。おかえり、ヴィヴィ」
あくまでも “妹” として接してくるその男へ、
互いの部屋の境界線に立ったまま、無表情に命令する。
「コンドーム持って、来て」
茶色のバスローブに身を包んだ匠海を一瞥し、踵を返したヴィヴィ。
1人すたすたと自分の寝室へ向かえば、程無くして兄がやって来て、その扉を施錠した。
仄かなランプだけが灯る、ベッドサイド。
そこに浅く腰掛けている妹に、兄は喜びを隠しきれない様子で、傍へ寄って来る。
――――――
※くびき:首にはめる木。牛車等で用いられ、家畜の自由を奪い、車を引かせる