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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第5章    

「……――っ」

 顔が上げられなかった。

 悪い事をした自覚はあった。

 どんなに気に入らない贈り物でも、贈り主の目の前で破壊するだなんて、まっとうな人間のやる事では無い。

 だからと言って、ヴィヴィにとて言い分はある。

 おいそれと謝罪する気など更々無く。

 薔薇の花粉やガクで汚れた両掌を握り締めた、その背後、

 バスルームから遠ざかって行く、足音だけが鳴っていた。

 大きな瞳がぎくりと強張り、

 やがて滲み始めたのは、溢れ出す感情の発露ともなる涙。

(怒ったの? 怒ればいいじゃないっ そして、もう私なんか捨て置いて……っ)

 頭の中でそう喚いた途端、ヴィヴィは はっと我に返る。


 捨て置いて――?

 まだ、拾われてもいないのに?

 私にはあの男の “躰” が必要なだけ

 なのに、一体 何、を……。 

 ~~~っ ああ、もうっ ぐちゃぐちゃっ!


 盛り上がった透明な涙が、零れ落ちそうになり。

 ぐいっと手の甲で拭ったヴィヴィは、汚れた手のまま乱暴にワンピを脱ぎ始めた。

 背中のファスナーを下ろし、薄水色のそれを脱ぎ捨てると、

 着けていた上下の下着も剥ぎ取り。

 6輪程の花弁の残骸が浮かんだバスタブに、ジャボンと豪快な音を立て、白い躰を沈める。

 全身が温めの湯に包まれても、心と頭の中には何一つ変化無く。


 終わった?

 終わってない?

 ううん。

 始まってもいなかった。
 
 というか、私の中に、

 “兄との始まり = 再開”

 を望む気持ちが、あったというの――?


 “運命の女神” の人差し指に引っ掛けられた、心許無い天秤の上。

 あっちへふらふら、

 こっちへふらふら、

 転げ落ちぬよう、不安定に重心を取っているかのようだった。

 小さな頭の中は恐慌を来たし、混乱していたが、

 ただ、そんな状態でも、判った事が一つだけあって。


(もう、お兄ちゃんは、私に愛想を尽かした――)


 どれよりも何よりも、

 その事実が深く胸を抉り。

 ボロボロと灰色の瞳から零れ落ちる涙を、両手ですくった温い湯で必死に洗い隠す。

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