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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第5章
これで良かったじゃない。
呆れられて、愛想を尽かされ。
そうして、
兄は私を見なくなり、
守るべき妻子の元へと戻り、普通の幸せな生活を送るだけ。
それが最善で、
それが通常で、
本来あるべき、理想の姿――。
『……もう……辞めよう、かな……』
つい2時間前に芽生えた気持ち。
それを、自分の中で本物にすればいいだけ。
そうすればきっと、
兄も自分も、もう、楽になれ――
パチン。
すぐ傍で鳴った、軽い音。
それは小さかったけれど、無視するにはハッキリと鼓膜を震わせていて。
不思議に思い、両掌で覆っていた顔を恐るおそる上げると、
パチン。
またすぐ近くで、同じ音がして。
「…………え…………?」
目に飛び込んできた光景に、ヴィヴィは一瞬ぽかんとし、
そして、
その音をさせている張本人――匠海の顔を振り仰ぐ。
「素手で薔薇を毟るなんて、指を切るぞ? 棘だって刺さるだろうし」
柔らかな声で妹を窘める兄は、整い過ぎた顔に微笑みを浮かべながら、
何故か、シガーカッター(葉巻用はさみ)で、薔薇の首を切り落としていて。
(……おに……ちゃん……? 一体、何を……?)
親指と中指で挟んだカッターで、次々に花だけを切り落としていく兄に、迷いは微塵も無く。
そして、
ヴィヴィが浸かっているバスタブの湯面は、どんどんと藤色に染まっていく。
50本程の花すべてを切り落とした匠海は、何とも無残な姿になった花束を放り。
その一方、
白いバスタブの中できょとんとする妹を見つめ、引き締まった頬を綻ばせた。
「ああ、可愛いね、ヴィクトリア」
対するヴィヴィはと言えば、兄のまさかの行動に完全に毒気を抜かれ。
まさに放心状態で、匠海がバスタブの傍らに膝を着く様子を眺めていた。
(……怒って、ないの……?)
透明な湯面に漂う藤色の薔薇を摘まんだ兄は、当惑の表情を浮かべる妹の耳に、それを1輪飾り、
「花屋で一目惚れしたんだ。可憐なヴィクトリアにピッタリな藤色で、とても良い香りだったから」