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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第1章  

 半身をひねり胸の前から押し伸ばされる両腕の、3度の広がりは、奔流を。

 降ろした金の髪、頬、顎の輪郭を手の甲で辿る、3度の戯れは、心の内の激流を。

 このプログラムは、まるで揺蕩う波のよう。

 映画の作中では、主人公とピアノが海の中に沈んでいくシーンが印象的だが、

 それを滑る己自身が、さざ波に洗われ、大波に翻弄され、

 そして絶え間ないうねりに陶酔し、心地良い波間に身を委ねる事が出来た。
 
 毎度滑り終えたヴィヴィが、微笑みを一切削ぎ落とした貌の中に浮かべる表情は、恍惚のそれ。

 絞られていくスポットライトの中、長い睫毛が伏し目がちに震えていた。

(なんか、いつも……悦く、なっちゃう……。これを、滑る、と……)

 自分のスケーティングも、ジャンプも、スピンも、そして柔軟性も、

 全てをしなやかに無理なく引き立たせてくれる、クリスのくれた掛け替えの無い贈り物。
 
 そんな唯一無二のプログラムを滑られる清福の、その薫りは、

 性行為後の満腹感、

 に、少し似通っているのかも知れない――。







 7月15日(土)から、THE ICE出演陣は名古屋、京都と回り。

 7月22日(土)からの最後の大阪公演へと向かう、その移動日。

 大阪のホテルに着いて早々、一行はすぐ傍にあったたこ焼き屋に、いそいそと買い食いに出かけ。

 戻って来てからは、もはや恒例と化した渋谷兄妹Presentsの動画を撮りまくっていた。

「あ、イラッくまのぬいぐるみ、忘れてきた……」

 アルフレッド渋谷が零した言葉に、

「じゃあ、俺が取ってくるから、カメラチェックしてなよ?」

 そう言い置いた同室のネイサン・チェン(USAの男子シングル選手)が、デニムのポケットからカードキーを取り出し、ひらりと身を返して戻って行く。

「悪いね、ネイサン。ベッドの上に放ってたと思うから」

 そこにちょうど合流したヴィヴィを認めたネイサンが、

「ヴィヴィも、一緒に行こうぜ?」

 そう誘いながら、さり気無く肩を抱いてきた。

「え? あ、うん」

 ネイサンの仕草があまりにも自然で、ヴィヴィは素直に従って歩き出した。

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