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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第2章    

 階下から届くのは、和やかな談笑の声色。

 父の、母の、幸せそうな笑い声。

 クリスの、いつも通りの話し声。

 瞳子の、柔らかだけれど芯の通った声。

 時折、むずがる高い声音は、きっと、

 まだ写真でしか目にしていない、兄の子供。

 そして、時折届く笑い声は――匠海自身の声。

 1年3ヶ月ぶりに耳にした少し低めのその声音に、全身がぞっと粟立った。

「……――っ」

 紺のデニムの横、両の拳がぐっと握り締められる。

 ああ、無理だ。

 無理だ。

 まだ全然、無理だ。

 1年超という時を経ても、自分は全然、吹っ切れてなんかいない。

 あの人の声が鼓膜を震わせるだけで、目蓋がじんと痺れる。

 一つ屋根の下にいると思うだけで、震えて脚がすくむ。

 出来る事ならば、このまま この場所から逃げ出してしまいたい。

「お嬢様? どうされました?」

 自分の後ろ、控えていたリーヴが控えめに問うて来て、

 その声にさえ、ヴィヴィはびくりと竦み上がった。

「……お嬢様?」

「ううん、何でも無いの」

 咄嗟に唇から出た声は、意外にもいつも通りのもので。

 その途端、ヴィヴィは気付いた。

(大丈夫……。 “顔” さえ見なければ、大丈夫……)

 匠海の結婚式の直前、その顔を見たのが最後。

 ヴィヴィは兄の姿を認めても、決して顔だけは見ない様にしてきた。

 一生、兄の “顔” を見なければいい。

 そうすれば、最低限の兄妹としての会話なら、自分は出来る。

 きっと、出来る。

 ううん。

 しないと、いけないのだ。

 もう一度、拳を握り締めたヴィヴィは、しっかりとした足取りで階段を下り。

 そして、開け放たれたままだった、リビングに続く戸口に立った。

「あ、ヴィヴィ。おっそ~い!」

 目敏く見つけたジュリアンが、腰掛けていたソファーから、身を捩りながら声を掛けてくる。

「ヴィヴィ! My Sweet Bambi! ほら、こっちおいで~っ」

 ばっと立ち上がったグレコリーが、「こっちおいで」と言いながらも、自分から寄って来て娘を胸に抱き寄せた。

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