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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第9章
10月2日(月)
松濤の屋敷でランチを摂り終えた双子は、防音室に籠っていた。
いや、正確には、
匠斗を抱っこした、五十嵐もいた。
椅子に浅く腰掛け、長い脚の間にチェロを構えたクリス。
譜面台の前に立ち、ヴァイオリンを顎に挟んだヴィヴィ。
視線を交わし、70㎝超の弓を互いに構え。
俊敏に振り上げたかと思えば、ff(フォルティッシモ)の力強い音色が辺りを満たす。
ハルヴォルセン 編曲 「ヘンデルの主題による “パッサカリア” 」
“パッサカリア” とはバロック時代、シャコンヌと共に、特有な変奏曲形式として流行した、古い舞曲。
4小節~8小節という短い旋律が、幾度となく繰り返され。
そして繰り返されるごとに、高音部が別の旋律となり、和声を重ねていく変奏曲。
『私、お兄ちゃんの愛人になった』
その代償として、真っ先に払うべきは、双子の兄との離別だった。
なのに、クリスはそれを是とせず。
今迄通り、リンクでも屋敷でも、そしてこれからはカレッジでも “双子の兄妹” として過ごすよう求めてきた。
その一件の翌日――
クリスから「この曲をやりたい」と提示して来たのが “パッサカリア” だった。
正直なところ。
ヴィヴィの裏切り行為で、双子の仲は冷え切り。
それを感じ取ったダリルと朝比奈に気を遣わせてしまうほど、オックスフォードの屋敷の中はギクシャクしていた。
それも仕方のない事。
クリスからしてみれば、やっと上の兄と妹が関係を断ち、
互いの人生を前向きに歩みだしてくれた――そう思った矢先。
今度は “不倫” だ。
二重の裏切りを受けて、常と同じ様に振る舞えるなど、普通なら考えられない。
そんな状況を打破する為。
どこまでも真摯なクリスは、ヴィヴィへと救いの手を差し伸べてくれたのだ。
よって、もう3週間も練習を重ねてきたのだが――。
演奏開始2分も経たぬ内に、アンサンブルは止められてしまった。
――――
※ヘンデルの主題によるパッサカリア
http://www.youtube.com/watch?v=qNsxXued784