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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第9章
氷の感触を確かめるように、ゆったりゆったり氷面を蹴るその姿には、会場中から応援の声が掛けられていた。
「荒河さん。GPシリーズ初戦。そしてSPの初披露ですね?」
刈谷アナの問いに、解説の荒河が続く。
「はい。篠宮選手のSPのテーマは「タンゴ」――昨年渡英してからずっと、クリス選手とアルゼンチン・タンゴのレッスンを受けてきました。その辺りも注目して下さい」
放送席の目の前、す~と横切ったヴィヴィは、アクセルの踏切を確認しながらも、
何故か “細い顎を何度も引く仕草” も重ねていた。
「さあ、先ほどの6分間練習では、見事にアクセルを決めました。篠宮自身「いい流れを作るために、3回転アクセルが必要なんです」という話もしていました」
演技前の時間一杯を使い、落ち着いた様子のヴィヴィ。
リンク中央奥――ジャッジ席からは離れた場所に着くと、
美しく化粧を施した顔の前、肘上までの黒手袋に包まれた右腕で、架空の男の後頭部を抱き、
左手はスカートをたくし上げる様に、腰へと添える。
場内に据えられた液晶画面一杯に映し出される、黒衣装を纏った華奢な上半身。
深紅に染められた薄い唇から、ふう~と長めの息が吐かれた直後、
今期のSP『Por una cabeza(ポウ ウナ カベサ)』は、スタートした。
弦楽器の分厚いピチカートに続く、ソロヴァイオリンの伸びやかなグリッサンド。
小刻みに駆け下りてくるヴァイオリンに乗せ、その場で右軸足でくるりと1回転し。
右脚を前へ屈伸し、細長い左脚を見せつけるようにジャッジの前まで滑ると、
前奏に合わせ、ジャンプの助走へと入っていく。
「昨シーズンは安定していた、トリプルアクセル。どうか――?」
リンクの右端。
右脚を振り上げたヴィヴィが、前向きのジャンプを踏切り。
―――――
※Por una cabeza(首の差で)
作曲:カルロス・ガルデル 振付:アントニオ・ナハロ
http://www.youtube.com/watch?v=zOjOLXkvSQA
※グリッサンド:前の音符から後ろの音符まで音を滑らす演奏法