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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第11章        

 16時に開演したメダリスト・オン・アイス2023。

 大トリである男子シングル覇者のクリスの前、トリを務めるのは 勿論、

『全日本選手権 女子シングル 優勝――オックスフォード大学 篠宮 ヴィクトリアさん。

 Japan Figure Skating Championship.Gold Medalist――Victoria Shinomiya』

 場内アナウンスと共に、暗闇のリンクに浮かび上がったのは、赤いスポットライトに照らされたヴィヴィ。

 そして、そのすぐ傍。

 なんと氷の上でヴァイオリンを携えている、

 黒スーツ・黒ネクタイ・黒シャツの “黒ずくめ” で めかし込んだ 白砂 今。

「ライトの下で見ると、随分と色っぽいね?」

 余裕綽々で囁いてくる男に、

「ふふ。今頃 気付いたんですか?」

 紅く縁取られた唇で、蠱惑的な弧を描く女。
 
 広い肩の上、肘上までの黒手袋に包まれた片手を、背後から添えると、

 これから始まるであろう “濃密なタンゴの舞” を期待してか、場内が俄かにどよめき立つ。



 人気絶頂期に航空機事故で命を落とした、アルゼンチンの伝説的タンゴ歌手――カルロス・ガルデル。

 彼が1935年に手掛けたのが、この『Por Una Cabeza(ポウ ウナ カベサ)』。

 競馬用語で「首の差で」を意味するこの曲は、

 恋敵に僅かな差で敗れた心情を、男が好きな競馬に掛けて情熱的に歌われている。



 オケの「ボンッ」という分厚いピチカートに続く、白砂の伸びやかなグリッサンド。

 小刻みに駆け下りてくるヴァイオリンに、乗せていた片手で、肩上から漆黒のジャケットの背を滑らせ。

 続くオケとヴァイオリンの掛け合いに “焼いた” 様に、逞しい背中に頬を寄せたヴィヴィ。

 演奏を続けながらも振り向いた白砂に、ふっと顎を上げたヴィヴィは、妖艶な笑みで一瞥し。

 そして何事も無かったかの様に、ジャンプの助走へと入っていく。

 リンクの右端。

 右バックアウト → 左フォアアウト と踏み分けたヴィヴィが、試合でもないのに3回転アクセルを踏みきった。

 まさかの事に、わっと湧き上がる場内。

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