この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第2章
ぼんやりと霞み始めた視界は、涙が滲んでいるからか。
金の頭をふるふると振り始めたヴィヴィは、やっと全身の硬直が解け。
後ろに1歩、下がった――その瞬間。
「おい、危ないぞ?」
階段の前に後ろ向きに立つ妹が脚を踏み外さぬよう、ただそれだけの為に掴まれた剥き出しの腕に、
「―――っ!? は、離して……っ」
細い悲鳴を上げたヴィヴィは、右腕を掴む大きな掌を振り解き、
踵を返して階段を駆け下りて行く。
どうして?
どうして?
どうして?
頭の中に駆け巡るその問いの言葉と、細いヒールの立てる軽い靴音。
そして、階下に集まっていた親族達からの挨拶の言葉。
昨日から匠海の一挙手一投足に過敏に反応してしまう、ヴィヴィのその小さな頭の中は、
毛糸の上で猫がゴロゴロした後の様に、ものの見事にこんがらがってしまっていた。
「え? ああ……、うん。そうだね」
「ヒューは、今もロンドンの病院?」
「う~ん。そういう観点から見ても、英国支社にも、注力して行く事になるかと――」
「はは! 叔父さんには敵わないな」
広いダイニングルームには、17名もの人間が集まっているのに。
歓談と食事の音で、とても賑やかなのに。
自分の耳は兄だけの声を拾い集め、
兄だけの姿を、その視界の端に捉えていた。
「………………」
アミューズ・ブーシュから始まった、フレンチのフルコース。
目にも楽しませてくれる色鮮やかな料理の数々も、今のヴィヴィにとっては灰色にしか映らなかった。
夏野菜を使った大好きなテリーヌも、まるで無味無臭の寒天でも食べている様に味気なく。
取り上げたナプキンの中、ヴィヴィは誰にも悟られぬように熱い溜息を吐き出す。
どうして、自分の心は……。
どうして、自分の躰は……。
どうして、兄は……。
目の前の皿が下げられ、新しい皿が饗されていく。
そのさまは、まるで白黒の無声映画を見さされているようだった。
自分の五感の全てが、匠海だけに研ぎ澄まされ。
その他の雑多な物は、取り立てて情報として頭に入って来ない。