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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第11章
急速に駆け上がる4連の3連符の先、
再度、30cm上から叩き落とされた右の拳。
その瞬間、
周囲の空気が びりびりと歪(ひず)み。
悲鳴にも似たそれに、
整った顔が満足気に うっそりと歪んだ。
こんなこと
なんてことない
こんなこと
どうってことない
だって
こんなこと
“自分には関係の無いこと” だもの――
1939年。
ナチス・ドイツがポーランドに進撃し、第2次世界大戦が勃発。
作曲家の祖国――ソ連軍も翌年に各地で行動を開始し、1941年には独ソ戦争に突入した。
その時代に作曲された3曲のピアノ・ソナタは、
プロコフィエフの「戦争に対する告白」と言われおり。
世界大戦への不安を暗示する旋律が、生々しく投影されている。
それ故、
今 自分が奏でているピアノ・ソナタ6番と、
同時期に手掛けられた7番・8番は、
「戦争ソナタ」という総称で呼ばれていた。
常とは違い、前傾姿勢で鍵盤に向かう姿。
タンクワンピから露わになった細い両腕は、
繊細な音色を奏でる際は、怯えきった小動物の様に縮こまるのに、
激しいトッカータの展開部となれば、脇を開き、
顎を突き上げた尊大な態度で、難解な旋律を力技でねじ伏せていく。
そうして、また振り上げられた左拳。
しかしそれは、鍵盤を殴る事は無かった。
中途半端な和音が、虚しく響くそこ。
鍵盤に噛り付くように俯いていた頭。
それを億劫そうに持ち上げれば、
いつの間に現れたのか――
スーツにコートを羽織った帰宅直後と思われる匠海が、すぐ傍に立っていた。
「………………」
その際まで、白と黒が織り成す混沌の海へと のめり込んでいたヴィヴィには、
何故 ここに兄がいるのか。
何故 演奏を止められたのか。
何故 そんな険しい表情を浮かべているのか。
瞬時には解らなくて――