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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第11章
「離して?」
いつもと変わらぬ柔らかな声で頼むものの、絶句したままの匠海は微動だにせず。
「……お兄ちゃん……。私、本当に怒ってなんか――」
そう続けたヴィヴィだったが、ふと言葉を途切れさせ。
異変に気付いた兄妹がさっと視線を向けた先――頑丈な防音扉の細長いガラス窓。
そこには ぺたぺた掌を叩き付けている、小さな影があった。
ぱっと妹の手の拘束を解いた兄が、長い脚で防音室を横切り。
そして、中から開けられた扉。
空気が動く音と共に、鈴を転がした様な幼児の声がこちらまで届いた。
「ぱぱぁ~」
「ん? 匠斗、どうした~? もうオネムかな?」
コートを纏ったままの胸に、大事そうに我が子を抱き上げた父親。
それを見届けたヴィヴィは、視線を落とし。
細い両腕を鍵盤へと振り下ろした。
再び、冒頭から奏でられる 戦争ソナタ。
その険しい音色に混じり、扉を閉める気配が伝わってきた。
「………………」
愛し子に聴かせられぬ位、今の自分の演奏は酷いものなのだろうか――?
一瞬、そんな事を思いつつ。
鼓膜に こびり付いた甘ったるい声を抹消すべく、ひたすら音の羅列を追い駆けていた。
怒りなんて無い。
腹を立ててなどいない。
そうする権利をも
自分はあの日――自ら放棄したのだから。
再度、振り落とされる拳。
それは別に “内心の怒りの表れ” では無い。
作曲家の意図とし、鍵盤をぶっ叩く事で得られる倍音効果を狙っており、
破壊音と紙一重――七色の音色が一塊に織り交ぜられる。