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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第16章     

15分以上かけ第三楽章まで弾き終わった頃、

譜面台を挟み向かいに座る双子の兄の額にはじんわり汗が浮き出ており、いつもならサラサラとなびく前髪を湿らせていた。

一呼吸置き、最終楽章である第四楽章に突入する。

匠海のピアノが同音反復を繰り返す中、主音の周りを徘徊する奇妙な主題をヴィヴィのヴァイオリンが呈示する。

ピチカートのそれはまるで、墓石に眠る物言えぬ遺骨の上をうろつく浮浪者のよう。

譜面台に弓を置いたクリスが、腕の重みで振り下ろす激しいピチカートの連打に加われば、

双子の和音をバックに硬質なピアノが奏で始めたのは、俗に「ユダヤの旋律」と呼ばれるそれ。

激しいピチカートの応酬に、いつもより気合を入れ高いところで結った髪が揺れ鈍く光る。

大きな灰色の瞳は譜面と向かいの双子の兄との間を忙しなく移ろうが、

対するクリスのそれは、視界の端に留めるだけで全て把握出来ているとでも言いたげに、一心に譜面を睨み付けていた。

2オクターブにまたがるユニゾンで奏でられた旋律はまた主部へ戻るが、今度の主題はピチカートではなくアルコ(ボーイング)で。


昨年の秋――

『頼むよ。最近、ショスタコビッチにハマってて。でも演奏したくても、1人じゃ出来ないからね』

と長兄が渡してきた「ピアノ三重奏曲 第二番 ホ短調 作品67」。

各々思い出した時に練習してきたそれを一年近く経ち、夏のバカンス中のエディンバラの地で、やっと三兄妹は取り組んでいた。


やや高揚してのち、チェロによって提示された5拍子の楽想。

身体の中に抱き込んだそれを慈しみつつ、己の魂も寄せて昇華させていくクリスの音色。

半音階進行の多いそれに、再度ユダヤの旋律がヴァイオリンから走り出す。

増2度音程が東方風の味を醸し出し、そして全ての楽想が入り乱れて大きく発展していく。

それらが最大に達したところで、一瞬の間をおいて急速なパッセージで場の色を変えるピアノ。

背後の匠海をちらりと振り返りつつ、顎で楽器を挟んだヴィヴィは、手早くスコアを繰った。

暴風の如き隙間を縫いヴァイオリンがなぞったのは、第一楽章の冒頭、チェロが血管が切れそうなほど高音で苦労し奏でた第一主題。

その独奏中の視界の端に、摩耗した弓の毛を数本毟り取るクリスが映り込む。

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