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宵闇
第10章 葉月


……ベッドで深く眠り続ける彼女のそばに近付く。


煙草を消し、あどけない寝顔にためらいながら手を伸ばした。
そっと頬に触れたとき、ん……と琴音が少し声を漏らす。


「葉月……くん……」


そしてその唇が、そう……僕の名前を紡いだ。
けれど目を覚ます気配はなくて。


……どんな夢を見ているのか。
そこに僕の姿があるというのか。


嬉しいはずなのに──今の僕は素直にそれを喜べる心境にはなかった。
溜め息をつきながら、ベッドの縁に凭れるように座り込む。


……『兄』という立場を貫くつもりなら、彼女に触れるなど何があってもしてはいけないはずだった。

わかっていた。
そんなことはちゃんとわかっていたんだ。

でも──自分が止められなかった。


欲望の前では理性など一瞬にして崩れ去ってしまうものなのだろうか。
最後まではしなかったのだからと──更なる欲を何とか圧し殺せた自分にほっとする前に、そもそも触れてしまったことを恥じるべきじゃないのか────?


自己嫌悪に思わず項垂れ、唇を噛む。


……いや、欲望だなんて思いたくない。
自分は、ただ琴音を救いたかっただけだ。
それだけなはずだ。


──でも。


そんなの綺麗事で、ただ彼女に触れたかっただけじゃないのか?

本当は彼女に僕を兄としてではなく、ひとりの男として意識するようになってほしかっただけじゃないのか?

そういう狡い思いもどこかにあったんじゃないのか?

絶対になかったと──言い切れるのか?


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