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宵闇
第12章 その意味
止まらない、溜め息。
あの日、琴音は帰り際に言った。
『頑張ってみるね』と。
僕は『何かあったらすぐに言って』と答えた。
……そのことについては、それきりだ。
その後の琴音からのメールでは、彼のことは何も触れていない。
僕も、あえて聞かなかった。
他愛もない会話で終わるやりとり。
回数もずいぶん少なくなった。
……こうやって、離れていくのか。
そんなふうに感じたことを覚えている。
こうやって少しずつ、琴音は。
僕と琴音は──距離を広げていくのか、と。
僕だけを頼り、僕に真っ直ぐな視線を……笑顔をくれていた琴音。
僕に開いて見せた、想像以上の艶かしさを纏った素直な身体。
柔らかな唇。色づいた吐息。
彼女のそれらすべては、今は僕じゃない相手に向けられているのだと思うと……。
「本当におかしくなりそうだ……」
頭を振り、思考を追い出す。
今からその相手に会うというのにこんなんじゃ────。
……兄として、ちゃんと振る舞えるだろうか。
僕の琴音を、僕だけのものじゃなくした相手を前にして、普通を装えるだろうか。
終始冷静に、いられるだろうか。
そもそも、何の話なのか。
琴音に何かあったのか。
相談なのか、報告なのか、それとも──まったく別の?
想像がつかない。
……琴音。
何かあったのなら、なぜ僕に直接連絡しない?
もう今までのようには話してくれないのか?
そうやって、兄としての僕さえ必要とされなくなっていくんだろうか────。
込み上げてくる感情に心が乱れる。
苦しくて、どうしようもない。
もはや希望も何も感じられないこの状況にいつまで僕は耐えられるというのか。
このままじゃ、いつかきっと────。
「……気が、狂う……」