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宵闇
第9章 溶ける
「誰に──こんなこといったい誰に言えるって言うの……!」
思わず噛んだ下唇。
高ぶった感情によるものなのか、勝手に震えてしまうそれを押さえ込むように。
葉月くんは黙っている。
それをいいことに私は、深く息を吐いてそのまま言葉を続けた。
「言えるわけない……加奈にだって話せなかったんだもん!」
そう、あのときの自分。
話せるわけがなかった。
あんなの……誰にも知られたくなんかなかった。
だって。
「だって初めてが無理矢理でそれからもずっとそれだけの関係でしかなかったなんて──そんなのいったい誰に言えるっていうの……!?」
そう、自分が惨めに思えていたあの数ヵ月のことなんて──話せるわけない……!
吐き出した思い。
それはずっと隠していた……自分の中だけにとどめておいた感情。
荒くなってしまった呼吸を落ち着かせようと唇に当てた手の甲。
……葉月くんはやっぱり黙っている。
その沈黙に、ふっ、と後悔が生まれた。
「……っ! ……ごめんなさい……」
我に返ったかのように、口走る。
言うべきじゃなかった。
やっぱりこんなこと話すべきじゃなかったんだ──八つ当たりとしか思えない言葉を葉月くんにぶつけてしまったことに、今さらながら、どうしようと心が騒ぎ出す。
「葉月くん関係ないのに……ごめんなさ────」
「琴音ちゃん」
言いかけた言葉が、遮られた。
そのまま、頭をぽんぽんと優しくさわられる。
「……つらかったね」
髪を撫でるように、ゆっくりと動く指先。
優しい、声────。
なんだか急に胸が苦しくなって、こみあげてくる、さっきとはまた違う感情に一気にすべてが支配され、溢れるように涙が零れた。