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一夜の愛、人との愛
第11章 束の間の安寧
隣に座っても浮かない顔のままのクレイルに、真理亜が困った顔で記憶を探る。

(言っちゃダメって言われたし…)

朝方、謁見の間で荘厳な空気を纏う天使に言われた言葉が、真理亜の脳裏をチラリとよぎった。

今夜、安全に過ごせるであろう場所。

けれど、それは、どの天使にも自ら伝えてはならないと、イエナリアに釘を刺されている。

(どうしよう)

気づかぬ内に溜息をついた真理亜に、クレイルが真剣な顔で空を見上げた。

「貴方を一人にすることは出来ません。けれど、ルシオに番を頼み、私が部屋を出て行くことは出来ます」

徐々に空の青色がくすみはじめているのを、クレイルは難しい顔で睨んでいる。

「クレイルさん?」

「一晩、私の部屋を貴方に貸す、というのは、どうでしょうか」

「でも、そうしたら、貴方は…」

「私は大丈夫です。弟の部屋にでも行けばいい」

涼しげに微笑んで自分を気遣う男に、真理亜が一瞬唇を噛んだ。

その頬に無意識に右手を伸ばし、クレイルが美しい瞳を細める。

いたわりの眼差しに、頬に触れられた真理亜が、その瞳を見つめ返す。

「それよりも、私が心配なのは、貴方の身体です」

クレイルの親指が、真理亜の噛み締められた唇をすっとなぞる。

はっとして一瞬顔を引いた彼女に、天使は何の未練もなく、その手を離すと、柔らかい溜息を零す。

「一人で、耐えられますか?」

「……」

クレイルの優しい思いが、嫌というほど伝わってくる。

今朝、このテラスで話したことを、既に学習した彼は、直接的な言葉は使わずに、真理亜を気遣っているのだ。

この建物が孕む、夜の魔力を思い出し、真理亜は真剣な顔で俯いた。

その膝に、不意にルシオが乗り上げ、下から赤いつぶらな瞳で、不思議そうに真理亜の顔を覗き込む。
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