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一夜の愛、人との愛
第12章 穢れた天使は夢を見る
* * *
『今日、謁見の間で、イエナリア様に言われて』
聞こえた言葉に、ザレムが俯いたまま眉を強く寄せた。
まさかの単語が紡がれて、これは逃れられないと悟る。
この建物で、神格長の言葉は絶対だ。
(めんどくせーな)
がっくりと肩を落として天を仰ぐザレムの耳に、真理亜の言葉が続く。
『地下牢が一番安全だけれど、行くか行かないかは、私の判断に委ねる…って』
『……そして、貴方は選んだのですね』
『はい』
『貴方はご存知ないのでしょう。あの方の名前を出されたら、私達に拒否することが出来ないことを』
返す見張りの声が苦笑に満ちている。
それはそうだ。
薄壁1枚隔てた、地下牢の奥の自分にさえ、真理亜のかぐわしい匂いは届く。
目の前で語られて平然と会話を交わせる忍耐力を、誰か褒めてやれとさえ思う。
『では…、私にも止めることは出来ません。それと、私達が待機している部屋の中には、貴方をお招きすることは出来ないので、それだけはご理解頂けたらと思います』
『私達?』
『もう1人、部屋の奥に見張りがおります』
その会話を聞きながら、ザレムは観念した、とばかりに深く長い吐息を零した。
幾つかの会話の後に、耳が、自分の居る地下牢の奥へ近づく女の足音を捉える。
そこへ来て、漸く、ザレムはイエナリアの魂胆に気づいた。
(なるほど、そこの壁一枚か)
天使にしか見えず、触ることも出来ない、地下牢の壁。
だが、その壁は、確かに外界との空気を一部遮断している。
遮るものが何も無い空間で無防備に過ごすよりは、気休めにはなるかもしれない。
それに、この場所ならば、罪人は繋がれているため、真理亜に手出しは出来ない。
安全という意味で言えば、安全な空間だ。
真理亜の気配が近づき、蠱惑的な匂いが濃くなってくる。
壁の厚みは薄いままだ。
見張りが気を利かせて、厚くしてくれてもいいものを。
恐らく、あのお高く止まった神格長が何を意図しているか、気付いていないのだろう。