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一夜の愛、人との愛
第12章 穢れた天使は夢を見る
薄い膜のような壁に、真理亜のつま先がかかった。
一気に密度を上げた女の匂いに、反射的にザレムが顔をあげる。
「来るな!」
低く唸った男に、真理亜がはっとして動きを止める。

それは、ザレムも同じだった。
口から飛び出した己の言葉に唖然としたまま、光の届かない暗がりで、穢れた天使は真理亜の姿を強く見据えたまま動きを止めた。



真理亜が立ち止まったのは、壁の瀬戸際だった。
薄靄(うすもや)状の、その壁は、否応なしにザレムの鼻先に真理亜の甘酸っぱく濃厚な香りを届けてしまう。



どうすれば良いのか、理解は出来る。

彼女を近くに呼び寄せて、壁の厚みを厚くして、一晩、耐えれば良いだけだ。
分かっているのに、この匂いは、囚われた身の情欲をダイレクトに刺激する。

このまま呼び寄せて、裸にして、白い肌に何度も唇を這わせながら、悶える女の姿が見たくて堪らない。
いや、自分が動けないのだから、奉仕させることだって構わない。
赤く濡れた唇に股間で昂ぶる熱をねじ込んで、泣きながら頬張る姿を見ながら愉悦に浸ることだっていい。

日頃、遊び半分に夢想するまぐわいとは、訳が違う。
凶悪で乱暴な欲求が、呼吸の度に腹の底から沸き上がってくる。

「帰れ」とも言えない。そこに、イエナリアの言葉は、もう関係なくなっている。
この濃密な匂いが、ザレムの深い部分を掴み、彼の脳裏に「帰したくない」という強い感情が急速に膨らむ。
かといって、「こちらに来い」と言えるほど、まともな思考が出来る自信は無い。

(あのやろう…)

ザレムが地面を睨み、胸の内でイエナリアを愚弄した時だった。
止まっていた真理亜の脚が、そっと動く。

「……!」

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