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一夜の愛、人との愛
第16章 気配
流石に、そろそろ、話をしたい。

そう思った真理亜は、いつものようにその場で腰を降ろさず、ザレムの傍に歩み寄った。
まつ毛を伏せて感覚を研ぎ澄ませていた男が、その様子に視線を向ける。

「なんだ」
「……私達、ちゃんと進んでるの?」

意を決して口を開いた真理亜を見据え、黒い天使は黙ったまま一つ瞬く。
表情は険しいままで、彼の顔には何の感情も浮かんでいない。

視線が噛み合ったまま、不意にぬるい風が吹き、木の葉が揺れる音がした。

思わず後ずさりかけて、彼女は意志の力で自分の足をそこに留める。
胸の奥を締め付けるような、この落ち着かない感覚は、この森の空気のせいだけじゃない
男の遠慮ない鋭い眼差しが、揺らぐ光で赤混じりに煌き、本能的に身体が怯えの反応を示している。

「……」

それでも目をそらさない真理亜に、ザレム口を開きかけた。
薄い唇が何か言葉を形作ろうとした瞬間だった。
彼は眉を僅かに寄せると、一瞬息を飲み、緊張した面持ちで周囲をサッと睨む。

(……え?)

妙な態度に、釣られたように真理亜も周りを見渡した。
徐々に赤黒い闇に沈み始めた森は、色を失い、木々の枝々までもうなだれているようだ。
だが、それは、もう真理亜も何度か見たことのある景色だ。
彼女の視界には、何の気配も、異変も、捉えることは出来ない。
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