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一夜の愛、人との愛
第17章 感知
「なるほど。……じゃ、会話が通じないってことを証明すればいいんだな」

低い声で告げた男は、真理亜の首筋に不意に顔を埋めた。

「ッ!」
「俺は基本的に、ここを噛み切って獲物の息の根を止める。死んだ獲物は他の”獣人”に横取りされないように木の上に引き上げて食べる。どんな獣人も獲物の匂いには敏感だ。特に人間の匂いにはな」
「じゅうじん…?」
「俺の耳は、獣の耳だ。人間よりも何倍も性能がいいし、遠くの音も良く聞こえる」

真理亜の問いを無視したまま、男は顔を上げ、ちらりと視線を横に流した。
人間よりも、少し上の位置にある白い三角形の耳がピクッと震えている。
何か感知したらしい彼は、だが、特に興味も無さそうに真理亜に目を戻した。

「いたぶって楽しみたい悪趣味な奴は、ここに食らいつく」

視線を戻した彼は、身体を少し下げ、先ほど掌で押していた腹の辺りをぺろりと舐めた。
腕を掴んでいた両手が下がり、真理亜の手を大きな掌で包むように地面に縫い止める。
毛並みの擽ったさに反射的に、その手を握った時、彼女の心臓が小さく跳ねた。

―――違う。

「肋骨に守られていない、臓器に直に辿り着ける部分は、性根の悪い奴には遊びやすい箇所だ。肉を開けば、中から臓物が引き出せるし、その割に出血も少ないから絶命まで震えて怖がる相手の様子を楽しめる、らしい」

俺には分からねーけど、と男が興味なさそうに付け加えた。
だが、その声も、真理亜の耳には、きちんと届いていない。
胸に湧く奇妙な感覚に、真理亜は意識を自分の内側に向けていた。

掴んだ手が違う。
何と違うのか、どうして違うと感じるのかも分からないけれど、この手じゃない。

その掌は、まだ男の肉厚のそれに包まれたままだ。

「まぁ、どっちにしても、俺達はお前の理解する常識とは違うところで生きている。……だとすれば」

そこまで言って、男は身体をズッと乗り上げると、嫌悪感を全く隠すこと無く眉を寄せた。

「―――おい」
「……え」

自分の上の男が一気に殺気立って、その気配に、嫌でも真理亜の意識が引っ張られた。

「いい身分だな。てめーから焚き付けておきながら、考え事かよ」
「ぁ、……」
「一息で逝かせてやろうと思ってたけど、気が変わった。たまには悪趣味に食い散らかしてやる」
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