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一夜の愛、人との愛
第17章 感知
* * *
「大丈夫、落ち着いて。もう、平気だから」
何と声をかければ良いか分からないまま、真理亜は腕の中の獣に向かって、何度も繰り返した。
その生き物が、自分の知る男であるかは関係なかった。
身を震わせて唸りながら、フローに威嚇を続ける狼の腹からは、まだ、血が垂れている。
膝立ちになり、背中から覆いかぶさるように回した両腕に、生温かい血の雫がねっとりと触れて、真理亜はたまらず目を閉じた。
掌を汚していく獣の血の温かさが、徐々に失われていく命を思わせるようで、背筋に鳥肌が立って仕方ない。
「ね、平気だから。私は、大丈夫。……大丈夫だから」
祈るように何度も囁くうち、真理亜の腕の中で時折もがいていた狼の動きが、ふっと和らいだ。
真理亜がはっと目を開くと、腕の中の塊が、ぐったりと真理亜の方へ倒れこみ、もたれかかってくるところだった。
「!」
思わず受け止めながら地面に尻をつくと、斜めに倒した膝の間に収まるように、黒い獣がうずくまった。
消耗しきった様子でありながらも、目は血走ったまま、開いた口元からは牙を覗かせ、まだ、低く唸っている。
「もう、……いいから」
ぬるりとした血に汚れた手を伸ばし、狼の口元を撫でると、その手を彼の喉元に持って行き、優しく撫でる。これくらいのことで、この獣の荒ぶる想いが収められるかは分からなかった。それでも、真理亜は「もう、大丈夫だから」と、何度も繰り返した。