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一夜の愛、人との愛
第4章 夜9時半のグリーティング
再び自分に向き合った時には、白い男は冴えた笑みを浮かべていた。

「この家の方ですね」

頷く真理亜に、相手は指先を一度暗がりに向けて何か動かしてから、

薄く綺麗な形の唇を開いた。

「少し、話を聞かせてください」



白い手袋をした細く長い指が、真理亜の手を支えながらベランダへ導く。
満月の光が優しく降り注ぐ中、窓ガラスが閉まるのを確認すると、男はスーツの内ポケットから丸い眼鏡を取り出し、顔にかけた。

「率直に、お聞きしますが、貴方は、あの男と寝ましたか」

「え・・・」

「大事なことです。きちんと確認したい」

「や、その・・・寝る、って・・・」

会社だったらセクハラだ。コンプライアンス部門が黙っていない。
そんな場違いなことを考えながら、質問を理解しようとしない真理亜の脳裏に、何かがチラつく。

「それでは、聞き方を変えます。貴方は、昨夜、あの男に抱かれましたか」

「あ・・・」

(昨日の夜、私、・・・何をしたの・・・)

男の問いに、思い出そうとするほど、動機が強くなり、分からなくなる。

(ここで、缶チューハイを飲んで・・・、それから・・・)

「答えていただきたい」

「や・・・、私・・・」

「隠すと貴方のためにならない」

「わ、分かりません・・!」

冷淡な男の問いに、真理亜は何度も首を振りながら答えた。
男が無言で真理亜を見つめる。

「覚えて、いなくて・・・」

周りの温度が下がったように感じて、真理亜は自分の腕で自分を抱きしめる。

「昨日、私・・・、お酒を、飲んでたはずなんですけど・・・、気付いたら、朝で・・・」

指先が冷えていた。

思えば、昨夜から妙なことばかりだ。

「今朝は・・・、痴漢にあうし。仕事でも、変なことが、あったし・・・」

現実離れしすぎて、もう、涙も出ない。

ストッキング越しに感じるベランダの床からも、体が冷やされていく。

「ごめん、なさい・・・」

何を伝えれば良いのか分からず、真理亜は力なく頭を下げた。

その姿に、白い男が眼鏡越しの瞳を細め、眉間に皺を寄せる。

真理亜の耳に、柔らかい溜息が聞こえた。


「仕方ない。一度、私達の世界へ、お連れする必要がありそうです」


ゆっくり顔をあげた真理亜の目に、白い男の背中に伸びる、純白の翼が映った。


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