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一夜の愛、人との愛
第9章 罪の尺度
* * *
男は今日も白い手袋をはめる。
物心ついて、自分の出自を知った時から続けていることだ。
「この空間では必要のない行為だ」と窘める兄の言葉を日々思い出し、その言葉に日々縋ろうとして、そしてやはり、最後は指を通すことに決める。
既に、何百回、何千回と繰り返してきた行いは、もはや儀式に近い。最近では、悩むこともやめて、ただの日課として処理するようにしていた。
初めは物珍しそうに見ていた天使達も、からかい半分、興味半分で声をかけてきた天使達も、今では、この姿に何も言わない。
布一枚で守っているだけだが、己の異端さを自覚している彼にとって、その薄い布切れは何よりも頼りになる、力強い枷のように思えていた。
だが、違った。
揶揄され、挑発され、強い反発と憤りに押し流されるままに、自分は枷を外した。
それも、最も外すべきでは無い相手が、無防備に誘惑している状況で。
卑怯な言い訳を盾に、言い逃れのできる状況を計算した上で。
虜囚の言葉に感化されていたことは間違いない。
饐えた血の匂いがする空間で、これまで何度も自分を守り励まし続けた存在が、不意に牙を向いた、その事実に痛烈な感情を味わったことも確かだ。半人前、という単語を、まさか共に過ごした相手に浴びせられるとは思わず、衝撃と動揺が自分を突き動かしたこともある。あるいは、過ぎた日に笑顔で自分に語りかけた、かつての彼の言葉に一縷の望みを賭けていたのかもしれない。
それでも、結局、自分は手袋を外したのだ。
それは誘惑に屈したことを意味する。仮に神問の場に突き出されたとしても、逃れることは出来ないだろう。"抱かない"という掟を破っていないとして、果たして、自分は、あのまま彼女が目覚めなければ、ただ目的を果たすだけで済んだのだろうか。
その目的さえ、果たせていないのに。
(・・・)
コーラルは手袋をはめた右手を静かに見つめた。昨夜、そうしたように。
左手で右手の手首を支え、指をゆっくりと握りこむ。
指先は、オイルの切れた機械のように、ぎこちなく掌に収まった。
兄には、何をしたか正確に話せていない。規律に厳しい彼は、沈黙を、自分には許した。その事実が、却って彼の翼に重く伸し掛かる。
自分は、本当に天使になれるのだろうか。
深い溜息をついた男の耳に、聞き慣れた翼の音と人間の足音が聞こえた。