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第10章 【微熱への処方箋】
*****

「―みちる…」

夢をみた―
春の野原。れんげ。シロツメクサ。
淡く萌える山々の色。てんとう虫。蝶々。
花の香り。
芽吹く春の香り。

幼い爽介の後ろ姿。
傷だらけのランドセルを背負い、サッカーボールを蹴りながら私の手を引く。

―お前は歩くのが遅い。すべてにおいてトロくさい。

爽介はそうやってすぐ私を詰った。
それでも数歩進んだ先で爽介はいつも私を待っていてくれた。
他の友達がしびれを切らして私を置いていっても、爽介だけは見捨てないでいてくれた。
待ち切れないと必ず迎えに来て私の腕を引き擦っていった。

私が虫が怖いと言えば虫から遠ざけ、動物が好きだと言えば子犬や子猫を抱かせてくれた。
爽介は美味しいものや綺麗なもの、可愛いものを見つけたら真っ先に私に与えた。
男の子たちだけで作った隠れ家にもこっそり連れていってくれた。

自分が何かで一番になった時は無言で私の首にメダルを掛けてくれた。
見返りを求められたことはない。

―みー、嬉しい?

―うん。嬉しい。爽ちゃんはすごい。
爽ちゃんは一等賞だね。

ああ、そうだった。
確かに、爽介はそんな時、私にキスをした。

―馬鹿みー。

みーみーと、小動物を呼ぶように爽介は私を呼んだ。
前を歩く爽介の顔が見たかった。
その腕を掴んで振り向かせようとした。

『―爽ちゃん…』

*****

色素の薄い瞳が私を覗き込んでいた。

「爽ちゃんじゃなくて残念だったね」

布団で眠る私の横で、孝介が押し入れのふすまにもたれて座っていた。
黒いVネックにサルエルパンツのようなゆったりしたフォルムの黒いパンツを穿いている。
長い脚を投げ出し、本を読んでいた。
寝ぼけて孝介の腕を掴んでしまったらしい。
腕を離すと、孝介が寂しそうな瞳をした。

『…あれ?孝ちゃん…?』

本を閉じ、孝介が私を抱き起こした。
テーブルに置かれたスポーツドリンクを飲ませてくれる。

「目黒君から連絡網が回ってきたんだ。
みーちゃんが熱出したって。僕は看病しに来たの。目黒君は外出中。ハイ、お手紙」

孝介に紙切れを手渡される。婚姻届の裏側に

《山へシバキに行ってきます。あおい》

ダイナミック大味な文字。

『山…?何をシバくの‥何故に?』
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