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第10章 【微熱への処方箋】
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17時に上がって帰宅すると、部屋に葵がいた。

『葵‥ただいま』

葵は何も言葉にせず、探るような目付きで私を見つめた。
仲良く過ごしていたはずなのに、関係性が6月に逆戻りしたようだ‥目眩を覚える。
足元がよろけた私を支えようと、葵が近寄る。無意識に私は後退りした。

葵の瞳が一瞬で、底無し沼のように昏く淀んだ。
その表情は青醒め、今にも壊れそうな硝子細工のように脆く儚い。

いや、そのような表情をしているのは本当は私の方かも知れない。

こうやってふたりになった途端、私たちは硝子の破片を散りばめた海で溺れてしまう。
お互い、微笑みで覆い隠してはいるけれど、日曜日の真昼に私たちの何かがまた大きく変わってしまった。
その現実を直視するのが怖くて、はしゃいで誤魔化していたのだ。
私が乗った船はどこへ向かっているのだろう?

―沈黙が流れた。

「‥おかず、作ってきた。筑前煮とほうれん草の胡麻和え。
体調は大丈夫?…」

『うん‥ありがとう』

気持ちの疚しさを隠し切れない。葵の瞳をまっすぐに見れなかった。

「‥あんまり無理をしないで。じゃあオレ、帰るね…」

心配しておかずを届けてくれたのに、葵を見送りもせずにその場に立ち尽くしていた。

―自分の愚かしさを呪った。

*****

「ミーコ~布団買ってきたぞ!」

真央が兄二人に買わせたという布団を抱えてやって来た。
やっぱりダブルで、葵が買い与えてくれた物よりもグレードが上がっていた。
真央は興奮気味に布団がふかふかであることを伝えてくれるけど、ぼんやりしたまま聞いていた。

「‥ミーコ‥なんかあった?」

真央が心配そうに顔を覗く。
顔を横に振ったが、真央は考える顔つきをした。

「また熱が出た?」

曖昧に笑う私。
真央は“あぁ”と何かに納得する。

「気が沈む時にはな、外の空気を吸うのが一番だ。ミーコ、散歩に行こう!」

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