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第11章 【追憶の向日葵】
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今までと同じようにレジに立ち、雑事をこなす。
手が空いた時には事務所に引き上げ、各部署に依頼されたポップを制作する。
古びたポップ書き専用のペンは経費で新しく買い換えてもらった。
色鉛筆、ペン、絵の具は自分のものを持ち込んだ。
引越しの際に捨てたと思っていたのに、部屋の片隅でそれらは静かに出番を待っていた。
マイコも画材を寄付してくれた。
ふたりで書店でデザイン集を眺めたり、文具店で新商品の画材を買い求めることはとても楽しかった。
私たちはいつもこうやって放課後にとりとめのない時間を過ごしたものだ。

「―みちるが楽しそうで嬉しい。
好きなことを好きだと素直に認められるって、本当はすごいことなんだよ」

マイコが優しい声で言う。

爽介の話はしなかった。私の知らないところでふたりが連絡を取っているのか、会っているのかはわからない。それは私の心とは別の問題なのだと整理した。
葵が言うように、心だけは自分にも他人にもどうすることが出来ない。
私がこうやっている間に、ふたりの仲が近付いたとしても私にはどうすることも出来ない。
現に、私は自分の心の在りかすら掴めていない。
これから私たちの関係性が変わったとしても、私はマイコのことが好きだし、おそらくマイコも私を大切に思ってくれている。
今はそれで充分だった。

爽介は遠征に出掛けることが増えた。
太股の怪我はすっかり癒えたが、膝の調子は万全とは言えなかった。
それでも、爽介は必ず結果を出した。
それが私には無言の圧力のように思えたが、爽介に答えを迫られない限りは口をつぐんだ。
爽介の部屋を訪れた時、ゴミ箱の中に欲望の残骸を見付けても口をつぐんだ。
爽介は私を抱いたり抱かなかったり、まちまちだったけれど、眠る時は私を腕の中に閉じ込めた。
爽介の腕の中は柔らかな檻だ。
私はいつだって好きな時に檻の外へと出ていけるし、爽介が私を檻の外へと出してしまったとしたら、それまでのことだった。

時折、乾いた手のひらが身体の上を滑る。
お互いの心の内に目隠しをしたまま、知らないふりをする。
気付かないふりをする。
私と爽介は同じくらいに寂しい存在なのかもしれないなと、時々思った。

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