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第11章 【追憶の向日葵】
―泥だらけの体操服を着て階段下にうずくまっていた葵を思い出す。
泣きもせず、野良猫を抱こうとして引っ掻かれていた。
部屋に上げ、シャワーを浴びさせタオルでぐるぐる巻きにした。
目立つ怪我を手当した。

温かいココアを飲ませ、コアラの切り絵を作ってやった。
15歳の男の子に切り絵はこどもっぽかったけれど、葵は喜んだ。
イリオモテヤマネコを作ってとせがまれ、どうにか切り抜いた。
次に首里城を作ってとせがまれた。
困り果てると、翌日学校の図書館で首里城の写真が入った書籍を借りてやって来た。
仕事もせずに部屋で暇を持て余していたから、葵が学校に行っている間に首里城を切り抜いた。
すぐに私の部屋は動物とお城の切り絵に埋め尽くされた。

葵はことあるごとに部屋を訪れた。
いつの間にかスペアキーを使い、無断で部屋に侵入するようになった。
注意をしなければいけなかったのだけれど、“みちるさん、みちるさん”と、なつく葵が可愛くなってしまった。

葵は座敷わらしのように部屋に馴染んだ。
私は時折、汚れた制服や体操服を洗ってやり、手当をしてやる。
破れたモノを繕ってやる。
葵が話したそうにしていれば相手をする。

その内、酒浸りで臥せっている私の枕元に葵が座るようになった。
葵とくっついて眠った。
葵はこの部屋みたいにひなたくさい匂いがした。
生命の匂いだと思った。
少し元気が出てくるとふたりで料理を作った。

向かい合って、生きるために食事をした。
たまにごはんを美味しく感じることが出来ると、その日は良い1日だったのだと見えない存在に感謝した。

葵はたくさん食べた。めきめきと大きくなった。
いつの間にか葵は私よりも料理上手になって、腕を振るうようになった。
しょっちゅう私はめそめそ泣いた。
葵は泣かなかった。
ふわふわといつも笑っていた。
泣きつかれると、葵の笑顔につられて笑った。
そうやっていると、その瞬間、世界が終わってしまってもそれはそれで幸せな出来事のように思えた。
例え外の世界が戦火に舐めつくされていても、私たちふたりの世界は平和そのものだと思った。

お互いに何も訊かず、核心に触れず、寄り添っていた。

お互いが木霊だった。
お互いが鏡だった。

『―葵、葵の青春は楽しかった?』
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