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絹倉家の隷嬢
第1章 邂逅
 桜子は、付いてくるよう眼力だけで強く修一にうながすと、自動車の方へと引き返し始めた。
 「高橋、貴方はもっと上手に運転できるよう鍛錬なさい」
 老運転手は頭を軽く下げつつ、桜子に付いて歩き、傘を掲げ続けている。

 修一は動こうとしなかった。
 桜子が立ち止まり、振り向いて言った。
 「さっきも言ったわよね? 私に恥をかかせるおつもり?」
 修一はうつむいて深呼吸した。かすかに体が震えている。

 それでも修一は、意を決して言った。
 「いえ、は、恥をかくのは……僕です!」
 「……どういう意味かしら?」
 「その、お嬢様のご親切を……み、身分もわきまえずお断りする無礼を働くのです! それは恥をかくことです! ですから……僕が帰ります!」

 桜子はしばし呆気にとられていた。
 しかしすぐにクスクスと上品に笑い出した。

 そして桜子は、修一に近づいてきた。老運転手も傘を掲げてまた桜子の後を追う。
 平手打ちのひとつでも食らうのだろうか。

 修一は目をつむった。
 しかし桜子は修一の耳元でささやいただけだった。
 「……気に入ったわ」
 修一は顔が真っ赤になるのが分かった。
 あわてて跳ねるように上半身を深々と下げると、修一は雨の中を走り去っていった。

 ――やめよう。
 ――もうやめよう。
 ――僕は……ろくでなしだ。
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