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絹倉家の隷嬢
第1章 邂逅
 すると、自動車が止まった。
 修一の心臓が大きく動いた。
 もしかして、昨日の覗き見のことがすでに知られていて、詰問されるのではないか――。

 修一は早足で歩き出した。
 背後から女性の声が聞こえた。
 「お待ちなさい!」
 修一には、その声が雷鳴のように聞こえ、その場で足が止まってしまった。
 やはり、覗き見が知られていたのだろうか。

 ゆっくり振り返ると、一人の女性が自動車から降りて修一の方に歩いてくる。綺麗な真っ直ぐな黒髪を、うなじあたりで切りそろえた洋装の女性だった。雨が降りしきっているのに、そんなものは存在していないかのように傘も差さず、綺麗な姿勢を崩さず堂々と歩いてくる。

 女性が近づくにつれ、その細部がはっきりと見えてきた。その美しさに修一は息を飲んだ。
 歳の頃は十七、八くらいだろうか。真っすぐな眉にくっきりとした愛らしい瞳、小ぶりで筋の通った鼻とややふっくらした頬、そしてきゅっと結んだ控えめな唇。ひじより少し長く細い袖の、純白の襟付きワンピイスに身を包み、くびれた腰から下のすねあたりまでのスカアト部分は車ひだになっている。

 もちろん、修一は『ワンピイス』などという言葉は知らない。ただ、自分の住む世界とは無縁の美しい洋服で身を包んだ彼女が、その高貴さでもって雨水を全て弾き返しているように見えた。
 女性が放つ凛とした空気、どこか圧倒される雰囲気に、修一の体は緊張し、彼女から目が離せないまま石のように動けなくなった。

 この女性は全く『別世界の生き物』のようだ。
 同じ人間で、こうも差が出るものなのか。
 気品とはこういうものなのか。
 身分とはこういうものなのか。

 その時、老運転手が小走りに女性の後ろまでやって来て、大きなこうもり傘を彼女の頭上に広げた。そして丸いロイド眼鏡越しに修一をにらむように見て言った。
 「少年、お嬢様を卑しい目で見るな。無礼極まりないぞ」
 女性はさりげなく手を上げ、老運転手を制した。
 「高橋、この子を乗せて差し上げて」
 突然の言葉に、修一の心はたじろいだ。

 乗せてどこへ連れていこうというのだろう――?
 やはり、覗き見が知られていたのか――?
 警察に突き出されるのだろうか――?
 あるいはひと気のない場所で私刑を受けるのだろうか――?
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