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絹倉家の隷嬢
第1章 邂逅

(4)

 老運転手は修一をさげすむような目で見ながら言った。
 「お嬢様、いちいち相手にされてはなりません」
 しかし女性は老運転手を無視して修一に声をかけた。
 「こんなに泥水を浴びせてしまってごめんなさいね」
 そして女性はほほ笑みを見せ、頭を下げた。

 修一はその言葉にも意表を突かれたが、頭を下げられたことにはもっと驚いた。
 子爵家の令嬢が、どこの馬の骨とも分からない庶民の少年に、謝罪しているのだ。

 ともかく――
 覗き見が見つかったわけではなさそうだ。
 修一は内心、安堵した。

 「お嬢様! 軽々しく頭を下げるなどもっての外ですぞ!」老運転手が言う。
 それはそうだろう。
 謝罪なしに放っていかれることは気持ちいいことではないが、この老運転手の言うことの方が正しく聞こえる。

 しかし女性は老運転手の言うことなど聞く耳を持たない。
 「さあ、うちにいらして? 学生服を洗って差し上げたいの」
 さらなる女性の予想外の言葉に修一は顔を真っ赤にした。
 「……イ、イエ、け、結構です……」
 修一はしどろもどろに答えてその場を去ろうとした。
 お願いしますなどと言えようはずがない。

 服を洗ってもらう以前に、身分違いの人間の自動車に乗ることなどできるわけがない。老運転手の物言いでも分かる通り、歓迎されるわけもない。第一、どう振るまえばよいか分からない。何をしても無礼者と一喝され、痛い目に遭わされるのが関の山だ。

 そもそも――
 知られていないとはいえ、覗き見をしていたという後ろめたさを抱えたまま行けようはずがない。
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