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浮気断定社
第10章 依頼人 高橋 美樹
 「なあ、少女の慰謝料だが
  俺に預けてくれないか?」

 最初何を言っているのかわからなかった。

 「もしも少女のために何かしたいと思っているなら...」

 そう言いかけて上条弁護士はフッと笑った。

 「違うな。
  
  もし君がその苦しみから救われたいと思っているなら
  あの少女のような苦しみのなかにいる
  今生きている人のために使ってみないか?」

 そう言って俺の肩を叩いた。

 「今、DV被害者のためのシェルターを作ろうと思っているんだが、何せうちは貧乏事務所でね。
  金がない。
  協力してもらえないか?」

 そういえば上条弁護士事務所はまっとうすぎて儲けのない弁護士事務所と聞いたことがあった。
 弁護士仲間と蔑んでいたこともある。

 「捨てた金です。
  好きに使ってください。

  なんなら全財産差し上げますよ」

 俺がそう言うと

 「自分の生活費は取っておきなさい。
  金はあって困るもんじゃない。

  余った金をもらえれば充分だ」

 不思議なことをいう弁護士だと思った。

 「それから、君が良ければの話だが
  うちで働かないか?

  うちの弁護士はばか正直なヤツばかりで稼ぎ手がいない。君のような有能な弁護士が来てくれると有り難いんだが」

 上条弁護士は穏やかな顔で俺にそう告げた。

 「でも私はあなたのもっとも嫌う種類の弁護士ですよ」

 俺はできれば嫌ってほしいとぶっきらぼうに答えた。

 そんな俺に上条弁護士はにこやかに笑って

 「かまわんよ。日本は自由主義国家だ。
  何を心情としようと勝手だ。

  しかし今の君ならきっと天秤の意味が分かるのではないかと思うがな。

  その気になったら連絡してくれ。

  そしてこれがファンドの振込先だ」

 「ファンド?」

 上条弁護士はニヤリと笑う。

 「救済事業ではない。投資だ。
  被害者の生きる力を信じる投資だよ

  ま、リターンはないに等しいが」

 そう言って上条弁護士は部屋を出ていった。



 
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