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くちなし
第6章 偶
私は目を疑った。
スーツに身を包んだ黒田に似た人物だった。

「…!!」
驚き過ぎて声が出なかった。
他人の空似だろうか。
少し雰囲気は違うが、よく似ている。

「雅!ちょっと、インテリっぽくて、イケメンじゃん!
 …ん?誰かに似てるねー。俳優さん?んー…。」

ひかるもそう思っているらしい。
その社長から目が離せないでいた。
早く真相を確かめたい。

もし…。もし黒田だったら…。
心臓がドクドクと脈打つ。

「っつ!!!」

社長と言われる人と目が合ったような気がした。
顔色一つ変えないところ、視線の強さが似ている。
私は、すぐ視線を逸らしてしまった。

確信を掴めないまま、宴会は始まっていく。
どんどん忙しさを増し、社長を見ることもままならない。
社長の紹介があるだろう。
そこまで、我慢しようと思っていた。

「あなた達!今日は、よく頑張ってくれたから、もう上がっていいわよ!お疲れ様!明日もよろしくね!」

女将の最悪なタイミング。

「やった…!もー足パンパンだよー!ささ!早く帰ろ!
 お疲れ様でしたー!」
ひかるは、そそくさと帰る準備をする。
私は、どうしても確かめたい。

「女将さん…。この会社の社長さんのお名前ってご存知ですか?」

「あら。かっこよさに惚れたのかい?クスクスっ
 社長さんは、確か…花巻さん…だったかしら?お若いのにね!そういえば、社長さんが社員旅行に参加するのは、今年が初めてよ?歴代の社長さんは、来てらしたけど…数年前に社長さんが変わった時から…。」

「そう…ですか。ありがとうございます!明日も頑張りますね!!」

黒田ではなかった。どこか、ホッとしたような、寂しいような気持ちになった。

「雅ー!早く帰ろー!遅いよ!」
遠くから、ひかるの声がして我に返るのだった。
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