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くちなし
第6章 偶
昴の甘い香りに包まれながら、私は抵抗が出来ずにいた。

「雅ちゃん…。明日もバイト頑張ろーね!」

身体を離すと、昴は無表情で私を見つめ、少し微笑んだ。

「頑張ろ…!」

「うん。おやすみっ!」

ーちゅっー

おでこにキスをし、部屋を出て行く。

すぐに朝を迎える。
こんなに、次の日が待ち遠しいのは久しぶりだった。


アルバイト先へ着き、仕事を始める。

館内の掃除から始まる一日。

もう、一目でも黒田似の人には会えないのだろうか。

「雅さん…!」

女将が手招きをする。

「昨日の花巻さんだけど、彼女居ないみたいよ!クスクス
 朝食は、お部屋で食べるみたいだから、運ぶの手伝ってくれる?ふふふ!」

「…え!もちろんお願いします!」

「あぁ!いいわ!若いって!それじゃあ、行きましょう。」

上機嫌の女将に連れられ、料理を運び部屋の前に着いた。
いきなりの展開に、心臓がうるさい。

「朝食おもち致しました。…失礼します。」
女将の後に続き、料理をはこぶ。

館内着に身を包む、花巻さんがいた。
眼鏡をかけ、パソコンと向きあっている。

「おはようございます。置いておいて頂けますか?」

「ええ。かしこまりました。」

「…あと、その若い方はアルバイトですか?」
いきなり、話をふられドキっとする。

「はい!アルバイトの身で失礼ました!」

「クスクス。大丈夫ですよ。昨日の宴会場でも、とても頑張ってらした。元気いっぱいですね。」

「花巻様、私はこれで失致します。よろしければ、昨日の働きぶりを、助言していただけますか?まだまだですので。
 では…。」

女将はそう言い残して、部屋を去っていった。

「…………。」

沈黙を破ったのは私だった。

「お茶をお入れいたします。」
急須を持つ手が震える。

「……危なっかしいですね。お嬢様は…。」

黒田…?

「あの…花巻様…?」

「クスクス。聞こえませんでしたか?お嬢様。
 私が淹れて差し上げまょうか?
 っと…今は立場が逆になってしまいましたね?」

「…っ!!!」

驚き過ぎて声が出ない。

本当に黒田ならば、聞きたいことがたくさんあるのに。
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