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目が覚めたら。
第11章 鬼畜帝王が甘えました
 

 海に入るには、まだ季節的に早いのかもしれない。

 入るには、少し肌寒くも思える。


 生憎青空ではなかったせいもあるのか、海岸には誰もいなかった。

 だが厚雲に覆われていても、太陽は長く顔を覗かせている。


――お前、水着持ってるんだろう? 泳げば?


 あたしは断固として、断った。

 あたしが持っているのは、ナツが用意した……卑猥に変貌するだろうものばかりだ。そんなものを卑猥の塊であるハル兄に見せたら、どんな目にあうかわからない。


 あたしはハル兄と波打ち際を歩く。

 砂に足をとられてふらふらしてると、ハル兄が笑って…あたしを逞しい両腕に抱いた。いわゆる"お姫様抱っこ"だ。


「ちょっ……自分で歩けるから……」


 そう慌てて言ったあたしの唇に、ハル兄は顔を傾け、啄むようなキスを落した。


「な、な……っ!」


 太陽を背負ったハル兄が、笑っていた。

 陽光に煌めく海のように、きらきら輝いているハル兄の黒い瞳に、吸い込まれていきそうだ。


 悪戯好きな無邪気な笑顔は、昔から変わらない。

 なにひとつ、ハル兄は変わっていない。


 変わったものがあるとすれば、あたし達の間には幼馴染み以上の関係があること。あたしとハル兄は、大人の男女の関係になっているということ。


 ……淫魔であるあたしが、生きるために。

 淫魔でなければ、こんな関係にはならなかったはずだ。


 そう思うと、なぜか胸の奥が、棘が刺さったようなちくりとした痛みを感じて、あたしは僅かに顔を歪めさせた。


「今からは……お前は俺のものだ。

俺のことだけを考えていろよ」


 ああ、そんなに甘い言葉は、昔は向けられなかった。

 こんなに情欲に満ちた瞳は、向けられてはいなかった。

 あたしはいつまでも、お隣に住む"アホタレ"以上のものはなく。

 
 12年後の今、ハル兄はあたしを女として見てくれている。

 そしてあたしも、ハル兄を男として受け入れている。

 
 頬を擽る、ハル兄の黒い髪先。

 鼻孔に広がる、ハル兄のオスの香り。


 ハル兄の"男"をを感じて、12年後のあたしは、自らの"女"をざわめかす。


 多くの女が求め続けたハル兄が、今……あたしだけを瞳に映していることに、胸を熱くさせながら。
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