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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第8章 第二話・参
 廊下を大声で叫び、走って逃げた。廊下自体は短い、並んだ部屋も片側だけで三つくらいしかない。廊下の途切れた先は階段が見えた。あれを降りれば、もしかしたら活路を見つけられるかもしれない。
 お民がわずかな希望を持った時、階段の向こうからひょいと人影が覗いた。
「おや、旦那。もう、お帰りですか」
 襟元をしどけなくくつろげた女は年の頃は四十前後といったところか。紫と黒の縞の着物を粋に着こなしている様はなかなかの美人ではあるが、どう見ても商売女のようにしか見えない。
 女は片手に黒塗りの盆を持っていた。その上に、銚子と盃が二つ、乗っている。
「ご酒でもお上がりになる頃合いかと思って、お持ちしたんですけどね」
 この女が今のお民にとっては地獄に救いの仏となるかもしれない。お民は夢中で女に言った。
「お願いです、どうか、私を助けて下さい」
「助ける―?」
 女が胡散臭げな眼つきでお民を見、更に嘉門を試すような眼で見た。
「旦那、道端で知り合いの女がいきなり倒れたから連れてきたっていう旦那の荒唐無稽なお話をこのあたしが真から信じていたとでもお思いですか? 幾ら何でも、話ができすぎてますよ。旦那がぐったりしたこの女を連れてきた時、すぐに何か訳ありだとは思いましたけどね。ま、あたしとしては金にさえなりゃあ、商売ですから、それで良いと思って眼を瞑るつもりでしたけどね。やっぱり、かどわかしてきたんですね、その女」
「お願いです、私を亭主の許に帰して下さい」
 この女の気持ち一つで、お民の運命が変わる。流石に涙が溢れた。涙に濡れた眼で懇願するお民を無表情に見つめ、女は小さく肩をすくめた。
 嘉門が懐から銭入れを取り出し、無造作に放った。
「金が更に入りようだと申すのであらば、これで眼を瞑れ」
「フン、人の脚許を見やがって」
 女は口汚く毒づくと、素早く銭入れを拾い上げ、中身を確かめた。
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