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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第8章 第二話・参

これと同じ夢に、お民はしばしばうなされた。
夢の中で、お民は一糸纏わぬ姿となり、嘉門に組み敷かれている。
お民の耳許で嘉門は執拗に囁き続けるのだ。
―そなはもう、この俺から逃れられぬ。
お民は、いつまでも消えぬ嘉門の声を振り払うように、首を烈しく振り、両耳を手のひらで塞いだ。
腹の子は、石澤嘉門の子だ。三ヵ月前のあのたった一夜で、お民はまたしてもあの男の子を宿してしまったのだ。
それは、まさに運命の皮肉としか言いようがなかった。嘉門は己れの存在をお民の中にはっきりと灼きつけたのである。
嘉門の子を身籠もったお民がどうして源治の側にいることができよう?
「おい、どうしたんだ?」
唐突に声が降ってきて、お民はハッと我に返る。
いつのまにか源治が隣に並んで立っていた。
川面に視線を戻すと、緑の小さな蛙は既に消えていた。
「最近、元気がないな。どこか具合でも悪いのか?」
源治が気遣わしげに訊ねてくる。
お民は微笑んだ。
「ううん、何でもない」
「何だかな、お前がそうしおらしいっていうか殊勝だと、こっちまで調子が狂っちまう」
源治が朗らかな声音で言う。
「何ですって、失礼ねえ」
お民も調子を合わせて言い返すが、これは源治がお民の気を引き立てようと、わざと言っているのだと判っている。
今日は、花ふくは休みだ。主人の岩次が近所のご隠居仲間数人と今朝からお伊勢参りに出かけているため、臨時休業である。
脚腰の弱い女房のおまきは一人で留守番だが、主に料理を作るのは岩次なので、これは仕方ない。
「ごめんなさい、そろそろ、お昼にしなきゃいけませんね」
源治の方も今日は、仕事場となる普請場が近くで昼は恋女房の待つ徳平店へと帰ってきたのである。
夢の中で、お民は一糸纏わぬ姿となり、嘉門に組み敷かれている。
お民の耳許で嘉門は執拗に囁き続けるのだ。
―そなはもう、この俺から逃れられぬ。
お民は、いつまでも消えぬ嘉門の声を振り払うように、首を烈しく振り、両耳を手のひらで塞いだ。
腹の子は、石澤嘉門の子だ。三ヵ月前のあのたった一夜で、お民はまたしてもあの男の子を宿してしまったのだ。
それは、まさに運命の皮肉としか言いようがなかった。嘉門は己れの存在をお民の中にはっきりと灼きつけたのである。
嘉門の子を身籠もったお民がどうして源治の側にいることができよう?
「おい、どうしたんだ?」
唐突に声が降ってきて、お民はハッと我に返る。
いつのまにか源治が隣に並んで立っていた。
川面に視線を戻すと、緑の小さな蛙は既に消えていた。
「最近、元気がないな。どこか具合でも悪いのか?」
源治が気遣わしげに訊ねてくる。
お民は微笑んだ。
「ううん、何でもない」
「何だかな、お前がそうしおらしいっていうか殊勝だと、こっちまで調子が狂っちまう」
源治が朗らかな声音で言う。
「何ですって、失礼ねえ」
お民も調子を合わせて言い返すが、これは源治がお民の気を引き立てようと、わざと言っているのだと判っている。
今日は、花ふくは休みだ。主人の岩次が近所のご隠居仲間数人と今朝からお伊勢参りに出かけているため、臨時休業である。
脚腰の弱い女房のおまきは一人で留守番だが、主に料理を作るのは岩次なので、これは仕方ない。
「ごめんなさい、そろそろ、お昼にしなきゃいけませんね」
源治の方も今日は、仕事場となる普請場が近くで昼は恋女房の待つ徳平店へと帰ってきたのである。

