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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
それでも、忘れられるよりは、よほど良いと思う。源治の想い出や記憶からお民という存在が消えてなくなるよりは、憎まれていても良いから、ずっと憶えていて欲しい。そう考えるのは、お民の我が儘というものだろうか。
螢ヶ池村を終の棲家に選ぶ気になったのは、いつだったか、ふとこの村の名を耳にしたことがあったからだ。初夏と初秋には薄紅色の睡蓮が水面を飾り、夏には螢が流星群のように群れをなして夜空を焦がす。秋には、茜色に染まった夕空を背景に、水面を幾多の赤蜻蛉が群れ飛ぶという小さな、小さな村。
そんな村でひっそりと源治との想い出を胸に余生を生きられたなら、子どもを育てながら誰の眼を気にすることもなく日々を送れたらと願い、身重の身で江戸からここまで旅をしてきたのだ。
たまたま親切で面倒見の良い村長がこの空き家になっていた家を格安で貸してくれた。
村長といっても、まだ若い。昨年亡くなった祖父の跡を継いで村長となったばかりの若者だった。父は早くに亡くなり、母は息子を村に残し、江戸の両替商の後添えとして嫁いでいった。若い村長は祖父母を両親として育った。
お民と歳の変わらぬこの村長が深く詮議もせず突如として余所者を受け容れ、あまつさえ長らく空き家となっていた村外れの家を貸してやった―、そのことを穿った見方をする村人も少なくはなかった。
―村長は、あのきれいな女の色香に血迷って、女をあの家に与えんじゃねえのか。
中には、そんな邪なことを囁く者までいた。
村長がお民をあの家に住まわせたのは、囲い者にするつもりではないか、と。
現に、若い村長は、お民の住まいをたまにふらりと思い出したように訪ねてくる。といっても、奥まで上がり込むことはなく、庭先で少し立ち話をしてゆく程度のものなのだが、そのことがまた必要以上に小さな村に住む人々の好奇心をかきたて、噂に尾ひれをつけていた。
―村長は、あの別嬪の許に随分と熱心に通ってるそうじゃねえか。
―まぁ、確かに何とも言えねえ色香のようなものがある良い女だが、江戸者なんざァ、何を考えてるか知れねえ。深く詮議もせずに村に入れて不満を抱く者も多いぞ。
螢ヶ池村を終の棲家に選ぶ気になったのは、いつだったか、ふとこの村の名を耳にしたことがあったからだ。初夏と初秋には薄紅色の睡蓮が水面を飾り、夏には螢が流星群のように群れをなして夜空を焦がす。秋には、茜色に染まった夕空を背景に、水面を幾多の赤蜻蛉が群れ飛ぶという小さな、小さな村。
そんな村でひっそりと源治との想い出を胸に余生を生きられたなら、子どもを育てながら誰の眼を気にすることもなく日々を送れたらと願い、身重の身で江戸からここまで旅をしてきたのだ。
たまたま親切で面倒見の良い村長がこの空き家になっていた家を格安で貸してくれた。
村長といっても、まだ若い。昨年亡くなった祖父の跡を継いで村長となったばかりの若者だった。父は早くに亡くなり、母は息子を村に残し、江戸の両替商の後添えとして嫁いでいった。若い村長は祖父母を両親として育った。
お民と歳の変わらぬこの村長が深く詮議もせず突如として余所者を受け容れ、あまつさえ長らく空き家となっていた村外れの家を貸してやった―、そのことを穿った見方をする村人も少なくはなかった。
―村長は、あのきれいな女の色香に血迷って、女をあの家に与えんじゃねえのか。
中には、そんな邪なことを囁く者までいた。
村長がお民をあの家に住まわせたのは、囲い者にするつもりではないか、と。
現に、若い村長は、お民の住まいをたまにふらりと思い出したように訪ねてくる。といっても、奥まで上がり込むことはなく、庭先で少し立ち話をしてゆく程度のものなのだが、そのことがまた必要以上に小さな村に住む人々の好奇心をかきたて、噂に尾ひれをつけていた。
―村長は、あの別嬪の許に随分と熱心に通ってるそうじゃねえか。
―まぁ、確かに何とも言えねえ色香のようなものがある良い女だが、江戸者なんざァ、何を考えてるか知れねえ。深く詮議もせずに村に入れて不満を抱く者も多いぞ。