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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第2章 弐
「済みません、お茶が冷めてしまったようなので、もう一度淹れ直しますね」
お民が湯呑みを取ろうとすると、彦六は〝もう良い〟というように手を振った。
「だからね、ここの長屋は本当のところ、もう紅屋さんの所有じゃなくなっちまったのさ」
「じゃア、その紅屋さんからここをお買い上げなすったっていうお旗本が新しい大家ってことで」
源治が改めて問い返すと、彦六は渋い顔で頷く。
「それでね、話がそこまでなら何も言うほどの厄介事じゃないのさ。私も二日前に聞いたばかりの話で、何だか狐にでも化かされたような妙な気持ちだけど、その殿さまが徳平店を取り壊して、ここを更地にしようっておっしゃってるらしいんだよ」
「そんな馬鹿な話がありますかい。幾ら紅屋さんから土地ごと買い取ったからとはいえ、買い取って早々に長屋を取り壊すだなんて。そのお殿さまは、ここを壊した後に何か建てるつもりなんですかね」
源治が憤懣やる方なしといった口調で言う。いつもは大人しい男がここまで怒りを露わにするのは珍しいことだ。
彦六は憮然とした様子で首を振った。
「いや、特にそんな話は聞いちゃいねえな。殿さまのお母君の隠居所を建てるなんて話もちらとは耳にしたが、どこまで真実(ほんとう)か知れたもんじゃねえ。何せ、あちらは殿さまとお母君、お二人だけの淋しい暮らしらしいから、何もわざわざ隠居所を建てて離れて暮らす必要もなかろう。嫁姑のいざこざがあるわけでもなし」
彦六はそこで言葉を切った。
物言いたげにしている彦六を見、源治が問うた。
「何だい、差配さんはまだ何か言いてえことがあるようですね」
と、彦六がいきなりその場に両手をついて頭を下げた。
「頼む。源さん、お民さん、この徳平店を、ここに住む連中を助けると思って、ここは一つ私の頼みをきいちゃ貰えないだろうか」
「おいおい、何だよ、差配さん。頼みをきいてくれったって、その頼みとやらを聞かせて貰わなけりゃア、どうしようもねえじゃないですか」
「それもそうだな」
彦六は肚(はら)を決めたように居住まいを正した。
お民が湯呑みを取ろうとすると、彦六は〝もう良い〟というように手を振った。
「だからね、ここの長屋は本当のところ、もう紅屋さんの所有じゃなくなっちまったのさ」
「じゃア、その紅屋さんからここをお買い上げなすったっていうお旗本が新しい大家ってことで」
源治が改めて問い返すと、彦六は渋い顔で頷く。
「それでね、話がそこまでなら何も言うほどの厄介事じゃないのさ。私も二日前に聞いたばかりの話で、何だか狐にでも化かされたような妙な気持ちだけど、その殿さまが徳平店を取り壊して、ここを更地にしようっておっしゃってるらしいんだよ」
「そんな馬鹿な話がありますかい。幾ら紅屋さんから土地ごと買い取ったからとはいえ、買い取って早々に長屋を取り壊すだなんて。そのお殿さまは、ここを壊した後に何か建てるつもりなんですかね」
源治が憤懣やる方なしといった口調で言う。いつもは大人しい男がここまで怒りを露わにするのは珍しいことだ。
彦六は憮然とした様子で首を振った。
「いや、特にそんな話は聞いちゃいねえな。殿さまのお母君の隠居所を建てるなんて話もちらとは耳にしたが、どこまで真実(ほんとう)か知れたもんじゃねえ。何せ、あちらは殿さまとお母君、お二人だけの淋しい暮らしらしいから、何もわざわざ隠居所を建てて離れて暮らす必要もなかろう。嫁姑のいざこざがあるわけでもなし」
彦六はそこで言葉を切った。
物言いたげにしている彦六を見、源治が問うた。
「何だい、差配さんはまだ何か言いてえことがあるようですね」
と、彦六がいきなりその場に両手をついて頭を下げた。
「頼む。源さん、お民さん、この徳平店を、ここに住む連中を助けると思って、ここは一つ私の頼みをきいちゃ貰えないだろうか」
「おいおい、何だよ、差配さん。頼みをきいてくれったって、その頼みとやらを聞かせて貰わなけりゃア、どうしようもねえじゃないですか」
「それもそうだな」
彦六は肚(はら)を決めたように居住まいを正した。