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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第12章 第三話・参
源治にしてみれば、己れが何もしてやれなかったことが深く心に悔いとなって残っているようだった。それもそうだろう、お民が徳平店に帰ってきた時、既にすべては終わっていたのだ。龍之助はこの世からいなくなり、源治は倅の死を看取ることもなく、ただ残酷な事実を告げられたにすぎなかった。
龍之助がお民の胎内にいるときから、源治はずっと龍之助を見守ってきた。誕生のときも出産の瞬間こそその場にはいなかったけれど、それ以外はすべて立ち会い、生まれてからもずっと二年間、我が子として無償の愛を注いできたのだ。
源治にとって、彼の言うとおり、龍之助は我が子そのものであったろう。
源治は再び、笑うことも冗談を言うこともなくなった。松之助が膝に乗ってきても、ただ惚(ほう)けたような表情で頭を撫でているだけだ。
まるで、源治の中の何かが壊れてしまったかのように見えた。
龍之助が亡くなってから、更に半月が経ったある日のことである。
既に暦は霜月に入っていた。
江戸にも寒い冬が訪れたのだ。冬特有の薄蒼い空は寒々しく、余計に大切な人を喪った哀しみと空虚さをかきたてるようであった。
霜月の半ば、源治は左腕も完治し、再び仕事に出かけるようになった。仕事に復帰してから数日め、その日は午前中だけで仕事を終えた源治はお民が昼過ぎにいったん長屋に帰ってきた時、先に帰っていた。
源治の姿を見た松之助が歓んで、父に抱きつく。しかし、源治は虚ろな眼で、お愛想のように微笑んで見せただけであった。
お民が急いで夕飯の支度をしている間、源治は壁に背を預け、惚けたように宙を眺めている。
松之助は大好きな父親の傍に寄り、その膝に這い登り、乗っかった。
「父ちゃ、この頃、元気ねーね」
松之助当人としては〝元気ないね〟と訊ねているつもりなのだ。
ふいに、源治が視線を動かし、松之助を見た。
「―龍」
龍之助の名を呼び、ハッとした表情になる。
「おいら、兄ちゃじゃねえ、松だよ」
片言ながら、我が意を懸命に伝えようとする松之助を見ていた源治の眼が揺れた。
龍之助がお民の胎内にいるときから、源治はずっと龍之助を見守ってきた。誕生のときも出産の瞬間こそその場にはいなかったけれど、それ以外はすべて立ち会い、生まれてからもずっと二年間、我が子として無償の愛を注いできたのだ。
源治にとって、彼の言うとおり、龍之助は我が子そのものであったろう。
源治は再び、笑うことも冗談を言うこともなくなった。松之助が膝に乗ってきても、ただ惚(ほう)けたような表情で頭を撫でているだけだ。
まるで、源治の中の何かが壊れてしまったかのように見えた。
龍之助が亡くなってから、更に半月が経ったある日のことである。
既に暦は霜月に入っていた。
江戸にも寒い冬が訪れたのだ。冬特有の薄蒼い空は寒々しく、余計に大切な人を喪った哀しみと空虚さをかきたてるようであった。
霜月の半ば、源治は左腕も完治し、再び仕事に出かけるようになった。仕事に復帰してから数日め、その日は午前中だけで仕事を終えた源治はお民が昼過ぎにいったん長屋に帰ってきた時、先に帰っていた。
源治の姿を見た松之助が歓んで、父に抱きつく。しかし、源治は虚ろな眼で、お愛想のように微笑んで見せただけであった。
お民が急いで夕飯の支度をしている間、源治は壁に背を預け、惚けたように宙を眺めている。
松之助は大好きな父親の傍に寄り、その膝に這い登り、乗っかった。
「父ちゃ、この頃、元気ねーね」
松之助当人としては〝元気ないね〟と訊ねているつもりなのだ。
ふいに、源治が視線を動かし、松之助を見た。
「―龍」
龍之助の名を呼び、ハッとした表情になる。
「おいら、兄ちゃじゃねえ、松だよ」
片言ながら、我が意を懸命に伝えようとする松之助を見ていた源治の眼が揺れた。