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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第2章 弐
 お民は源治に耳打ちした。
「お前さん。二年前に私に妾奉公の話があるって三門屋が言ったのを憶えてる? あの時、確か、三門屋は旗本の石澤嘉門さまって人が妾を探してるって言ってたよ」
「何だとォ」
 源治の顔色が変わった。
「何で今頃になって、そんな昔の話が出てくるんだよ? しかも、お前は俺の女房になってるんだぜ? 差配さん。済まねえが、もう帰ってくれませんか。俺はお民をその石澤何とかいう人に渡すつもりはさらさらねえ。大体、話が滅茶苦茶じゃねえか。いきなり土地ごと長屋を買い上げて、潰すだって? それが厭なら、他人(ひと)の女房を引きかえによこせだなんて、いくら相手がお侍だって、そんな強引な話通りっこありませんや。さ、話がそれだけなら、帰って下せえ」
「待ってくれよ、源さん。この徳平店に住んでる連中のこともちったァ考えてやってくれねえか。飴売りの吉(きち)次(じ)のところは先月、二人目の赤ン坊が生まれたばかりだし、茂助爺さんはもう六十で、痛風病みときてる。ここを追い出されたら行く当てもないって者(もん)ばかりが大勢いるんだよ。そんな奴らのことも少しは考えてやってくれ」
 彦六が懇願するのに、源治は怒鳴った。
「そんなこたァ、俺の知ったことじゃねえよ。なら、あんたは俺に、手前の女房を〝はい、そうですか〟とすんなりと差し出せとでもいうのか? それで、吉次や茂助爺さんのところは助かるかもしれねえ。だが、お民はどうなる? 好色な殿さまの慰みものにされちまうだけじゃねえかッ」
 源治がこれほどまでに怒ったのを見たのは初めてのことだった。こんなときなのに、源治が自分のためにここまで腹を立ててくれているのかと思うと、嬉しい。
 もっとも、今、源治にそんなことを言えば、お民まで〝馬鹿野郎!〟と怒鳴りつけられそうだったが。
「とっとと帰(けえ)ってくれ。もう話すことは何もねえ」
 源治が背を向ける。
 その頑なな背中に向かって、彦六が言った。
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