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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第13章 第三話・四
「あくまでもあなたさまがご存じないと仰せならば、私の方から申し上げます。我が子松之助をこちらでお預かり頂いていると知り、お返し頂くために急ぎ、こうしてまかり越しました」
「―松之助とな。龍之助の弟か」
 嘉門の貌には、意外なことを聞いたとでも言いたげな軽い愕きがあった。
「双子の残った片割れか。龍之助は不憫なことをした。残った弟は健やかに育っておるか」
 嘉門の声にも表情にも含むところは何もないと言って良かった。
 やはり、祥月院の差し金だろうか。
 とは思うものの、仮にも嘉門にとっては実の母親だ。息子の前で母親の罪を暴き立てるようなことを言っても良いものかと逡巡する。
 お民が声もなく見つめていると、嘉門の顔色が変わった。
「まさか、松之助がいなくなったのか?」
 嘉門がハッとした表情で立ち上がり、小さく呟いた。
「―あの女狐め」
 〝女狐〟というのが誰を指すのか―、お民にはすぐに判った。お民に辛く当たった母をたしなめながらも、お民の前では母を弁護しようとしていた嘉門、その嘉門がそこまで悪し様に母を詰るのはよほどの腹立ちであろうと察せられる。
「そうなのだな、松之助が何者かにまた連れ去られたのだな」
 念を押すように問いかけられ、お民は無言で首肯した。
 嘉門はしばらく痛みに耐えるような表情で眼を閉じていた。
 ややあって早口に言う。
「このことは俺が対処する。松之助は必ずやそなたの許につつがなく返すと約束するゆえ、そなたは先に帰―」
 嘉門が突如、口ごもった。
 お民の方を窺うように見つめ、また、眼を瞑る。今度は先刻よりはやや長い沈黙があった。
 しばらくして眼を開いた嘉門の眼が一瞬、揺れた。その瞳の中を様々な感情がよぎってゆく。
 迷い、懊悩、もどかしさ、切なさ。
 嘉門がそのように己れの心の奥底を見せるのは極めて珍しいことだった。
 が。嘉門は一瞬だけ素顔を晒すと、すぐにまたいつもの酷薄さを滲ませる微笑で心を覆った。
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