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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第13章 第三話・四
「では、一つ取引をしようではないか」
「―取引?」
固唾を呑んで見守っていたお民は、虚を突かれた。
嘉門は今、松之助は必ず無事に返してくれると言ったのではなかったか?
その後に言おうとしていた科白は、ついに聞けずじまいになったけれど、嘉門は確かにこの件については自分が善処すると言ったはずだ。
なのに、取引をするとは、どういうことなのか。
お民は戸惑いながらも、小さく頷いた。
「一晩だけ、そなたが俺のものになるというのなら、この話は考えてやっても良い」
「それはつまり、松之助を返して下さる代わりに、私にまたあなたの想い者になれということでございますか」
お民の唇が戦慄く。
「なに、たったの一夜だけだ。想い者になるとは、ちと大仰すぎるだろう」
事もなげに言い放つ男を、お民は涙の滲んだ眼で睨んだ。
「あなたさまは、どこまで卑劣なお方なのでしょう。このようなときにさえ、我が子の身柄と引き替えにしてまでご自分の望みを遂げようとなさるのですか」
「―こたびの事、誰が裏で糸を引いておるか、そなたは既に気付いておるのであろう? その者の名を俺に告げぬは、そなたの優しさからだと俺は判っている。だが、お民。俺は自分の望むものを手に入れるためなら、手段を選ぼうとはせぬ―そんな女の息子なのだ」
しまいのひと言は自嘲するかのような、投げやりな言い方だった。
「無理強いするつもりは一切ない。そなた自身が選べば良い。俺と一夜を共にして、明日の朝には子と共に惚れた男の許に戻るか。それとも、このままさっさと一人でこの屋敷から去るか、二つに一つだ」
言葉とは裏腹に、欲望とか甘さとかはひとかけらも含まれてはいない抑揚のない声が無情に降ってくる。
狡い男だ。
そう言われて、お民がどちらを選ぶかを知り尽くしていて、わざと試すように訊いてくる。
その狡さが憎いと思った。
「明日の朝、松之助と共に帰ります」
その応えに満足したのかどうか、嘉門が鼻を鳴らす。
「―取引?」
固唾を呑んで見守っていたお民は、虚を突かれた。
嘉門は今、松之助は必ず無事に返してくれると言ったのではなかったか?
その後に言おうとしていた科白は、ついに聞けずじまいになったけれど、嘉門は確かにこの件については自分が善処すると言ったはずだ。
なのに、取引をするとは、どういうことなのか。
お民は戸惑いながらも、小さく頷いた。
「一晩だけ、そなたが俺のものになるというのなら、この話は考えてやっても良い」
「それはつまり、松之助を返して下さる代わりに、私にまたあなたの想い者になれということでございますか」
お民の唇が戦慄く。
「なに、たったの一夜だけだ。想い者になるとは、ちと大仰すぎるだろう」
事もなげに言い放つ男を、お民は涙の滲んだ眼で睨んだ。
「あなたさまは、どこまで卑劣なお方なのでしょう。このようなときにさえ、我が子の身柄と引き替えにしてまでご自分の望みを遂げようとなさるのですか」
「―こたびの事、誰が裏で糸を引いておるか、そなたは既に気付いておるのであろう? その者の名を俺に告げぬは、そなたの優しさからだと俺は判っている。だが、お民。俺は自分の望むものを手に入れるためなら、手段を選ぼうとはせぬ―そんな女の息子なのだ」
しまいのひと言は自嘲するかのような、投げやりな言い方だった。
「無理強いするつもりは一切ない。そなた自身が選べば良い。俺と一夜を共にして、明日の朝には子と共に惚れた男の許に戻るか。それとも、このままさっさと一人でこの屋敷から去るか、二つに一つだ」
言葉とは裏腹に、欲望とか甘さとかはひとかけらも含まれてはいない抑揚のない声が無情に降ってくる。
狡い男だ。
そう言われて、お民がどちらを選ぶかを知り尽くしていて、わざと試すように訊いてくる。
その狡さが憎いと思った。
「明日の朝、松之助と共に帰ります」
その応えに満足したのかどうか、嘉門が鼻を鳴らす。