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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第2章 弐
 今にも再び殴りかからんばかりの勢いだ。吠える源治の前に立ちはだかり、お民は彦六に言った。
「お願いですから、今日のところはこれでもう」
 彦六が逃げるように退散した後、源治が怒鳴った。
「お民、塩だ。塩を撒いとけ」
 言うなり源治は部屋の片隅に寝っ転がり眼を瞑った。ふて腐れた子どものようにお民に背を向けたまま、源治はやがて居眠りを始めた。
 お民は何をする気にもなれず、茫としてそんな良人から少し離れて座っていた。
 源治がこの徳平店に引っ越してきたのは今から五年前のことになる。当時、源治はまだ少年の名残をその端整な面に濃く残した若者だった。
 それまで借家に老母と二人で暮らしていたのが、母親が嫁いだ姉の家にゆくことになり、身軽な独り暮らしとなったこともあって長屋に越してきたのだ。
 この五年で源治はわずかながら更に背が伸びた。まさかこの男と所帯を持つことになるとは想像だにしていなかったけれど、ここまで感情を見せる源治というのもまた、考えてみたこともなかったお民であった。
 穏やかで無口、物静かな大人しい男―というのが長屋中の源治に対する一致した評価だったのだ。
 源治は心の中に熱く滾(たぎ)る焔のようなものを秘めている。お民は源治のその見かけからは想像もできないような情熱を好もしく思うが、こんなときはどう対処して良いのか判らず、途方に暮れた。ましてや、源治が不機嫌になっているのは自分のせいなのだ。
 物哀しいほどの静けさが満ちる家の中、お民は背を向けて眠る良人の後ろ姿をやるせない想いで見つめた。
 ただ降り止まぬ雨が軒を打つ音だけが耳に響いていた。

 どれくらいの間、そうやって過ごしていたのだろう。ふと我に返ったときは、四畳半の家の中は既に暗くなっていた。
 ハッとして外を見やると、宵闇がすべてのものを夜の色に染めようとする時刻になっていた。耳を澄ましても、雨音は聞こえてこない。朝から降り続いた雨は漸く夜になって止んだようであった。
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