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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第2章 弐
手探りで行灯に火を入れると、家の中が明るくなった。源治はまだお民に背を向けたままの恰好で眠っている。いや、規則正しい寝息は既に止んでいるから、もう起きているのだろう。
「お前さん」
お民はそっと呼びかけた。
「差配さんが道理でなかなか話の本題に入りたがらなかったのが納得いきましたよ」
しばらく、源治から応えはなかった。
やがて、ポツリと呟くような声が返ってきた。
「他人事のような言い方は止せ」
依然として、お民に背を向けたままの良人に向かって、お民は続ける。
「でもね、差配さんだって、きっと言い辛かったと思いますよ。あんなことを言えば、私もお前さんだって良い顔をするはずがないもの」
「―お前は一体、どこまでお人好しなんだ。あんな身勝手な奴のことなんざァ、心配してやることはねえ。いっそのこと、どこか別の長屋に引っ越そう。そうだ、それが良い」
源治がガバと身を起こし、振り向く。
「なあ、お民。こんな長屋、さっさと出て、どこか別の家を探さねえか」
そんな良人にお民は哀しげに微笑んだ。
「私はねえ、お前さん。前の亭主と所帯を持った十五の歳からここに住んで、もう十年近くにもなるんですよ。今更、自分だけが助かって、他の相店の人たちを見捨てる真似なんてできやしません。それに、もし、その石澤っていう人が本当に私目当てでこんな馬鹿げたことを思いついたのなら、私たちがどこに引っ越そうと、また、次にゆく別の場所で似たようなことが起こらないとも限りません。そんなことになれば、余計な迷惑をかける人を増やすだけですよ」
「じゃあ、一体、俺たちはどうすれば良いんだ? 俺はどうしたら、お前を守ってやることができる?」
源治が両手で顔を覆った。
お民は、源治を静かな眼で見つめ、ひと息に言った。
「私、行きます」
刹那、源治は絶句した。
「だが、お前―」
お民は、溢れそうになる涙をこらえ、笑った。
「私が石澤さまのところに行けば、この徳平店が無事だっていうのなら、私は行きますよ」
「お前さん」
お民はそっと呼びかけた。
「差配さんが道理でなかなか話の本題に入りたがらなかったのが納得いきましたよ」
しばらく、源治から応えはなかった。
やがて、ポツリと呟くような声が返ってきた。
「他人事のような言い方は止せ」
依然として、お民に背を向けたままの良人に向かって、お民は続ける。
「でもね、差配さんだって、きっと言い辛かったと思いますよ。あんなことを言えば、私もお前さんだって良い顔をするはずがないもの」
「―お前は一体、どこまでお人好しなんだ。あんな身勝手な奴のことなんざァ、心配してやることはねえ。いっそのこと、どこか別の長屋に引っ越そう。そうだ、それが良い」
源治がガバと身を起こし、振り向く。
「なあ、お民。こんな長屋、さっさと出て、どこか別の家を探さねえか」
そんな良人にお民は哀しげに微笑んだ。
「私はねえ、お前さん。前の亭主と所帯を持った十五の歳からここに住んで、もう十年近くにもなるんですよ。今更、自分だけが助かって、他の相店の人たちを見捨てる真似なんてできやしません。それに、もし、その石澤っていう人が本当に私目当てでこんな馬鹿げたことを思いついたのなら、私たちがどこに引っ越そうと、また、次にゆく別の場所で似たようなことが起こらないとも限りません。そんなことになれば、余計な迷惑をかける人を増やすだけですよ」
「じゃあ、一体、俺たちはどうすれば良いんだ? 俺はどうしたら、お前を守ってやることができる?」
源治が両手で顔を覆った。
お民は、源治を静かな眼で見つめ、ひと息に言った。
「私、行きます」
刹那、源治は絶句した。
「だが、お前―」
お民は、溢れそうになる涙をこらえ、笑った。
「私が石澤さまのところに行けば、この徳平店が無事だっていうのなら、私は行きますよ」