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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第13章 第三話・四
 春のやわらかな風に薄紅色の花びらが一枚、どこからともなく運ばれてくる。
 お民は大きく前にせり出したお腹を労るように歩きながら、長屋へと急いでいた、当人はこれでも急いでいるつもりなのだが、流石に臨月ともなると、どんなに頑張っても早足というのはできない。
 捨て子稲荷の前まで歩いてきた時、小さな祠の前に人だかりができているのが見えた。
 人群れの中には、良人の源治もいる。
 大きな腹を抱えて歩いてくるお民を認め、源治がこちらに向かってきた。
「お前さん、どうかしたんですか?」
「捨て子だよ。可哀想になぁ、まだ生まれてせいぜいが二、三ヵ月といったところらしい」
 源治が嘆息すると、お民が肩をすくめた。
「うちで育ててやることができたら良いんですけどねぇ」
「馬鹿言え。そりゃア、俺だって何とかはしてやりてえけど、うちだって、これで四人目だぜ? 流石に今、これ以上ガキが増えたら、一家で心中でもしなきゃならねえ羽目になっちまう」
 あまりゾッとしない冗談を言う良人を軽く睨んでから、お民は頷いた。
「そうですね」
 今月中には四人目の子が生まれる。
 お民は今も花ふくに勤めているが、産み月に入ってからは、しばらく休みを取っていた。
 龍之助が亡くなり、続いて松之助までもが攫われるという事件から三年、お民と源治の間には年子で男女二人の子を授かった。更に、お民のお腹には三年続けて身籠もった四人目の子が宿っている。
 松之助もつつがなく成長し、今年、五歳になった。
 長屋の連中は、
―源さんもまぁ、よくやるねえ。
 と、一年中大きな腹を抱えているお民を見ては、源治を冷やかしてばかりいる。
 捨て子稲荷の側に一本だけ植わった桜の樹は今、ちらほらと花をつけており、風が吹くと、その花びらがひらひらと宙に舞う。
 そのひとひらがお民の黒髪に止まった。
 源治がそっと桜貝のような花びらを指で掬う。
「ちっちぇもんだな」
 源治は透き通る小さな花びらを陽にかざし、呟いた。
 春の光に、花片が細かく震え、光を弾く。
「本当に」
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